自転車「免許制度」は本当に必要なのか?

自転車事故の原因は「マナーが悪い」ため?

 改正道路交通法が6月から施行され、自転車への取り締まりが強化された。これは、信号無視など14種類の危険運転で3年以内に2回以上検挙(=赤キップが交付)されると「自転車運転者講習」を受講しなければならない、というものだ。  ねらいは自転車事故の抑制にある。自転車が加害者の事故で1億円もの損害賠償が求められるケースも発生。ネット上では「自転車免許制度が必要では」との議論も起きている。  しかし、自転車免許制度は世界のどこにも導入事例がない。また、自転車事故の原因は「マナーの悪さ」と思われがちだが、そもそも長年自転車を歩道に追いやってきた交通行政にも問題がある。マナーアップはもちろんだが、歩行者と自転車が快適に通行できる環境の整備が重要だ。

「歩車分離」で歩行者も自転車も安全が向上

国道6号向島~東向島間に設けられた自転車レーン(国交省広報資料から引用)

 車両である自転車は車道通行が義務付けられている。しかし長らく、自動車優先の交通政策の中で、自転車は歩道に上げられてきた。狭い歩道を自転車が通行することは、歩行者の危険が増すだけでなく、さらには交差点で出会い頭の事故が起きるもとにもなっている。  そこで車道に自転車通行空間を確保し「歩車分離」、すなわち歩行者と自転車を分離するしくみが各地で導入され始めた。  国土交通省と警視庁は今年2月から、東京・墨田区内の国道6号向島~東向島間(約1.2km)で自転車通行空間を試験的に導入し、効果を検証している。同区間は片側2車線の道路で交通量が多い。車道左側路面を青く塗った「自転車専用レーン」(1km)と、同じく車道左側路面に自転車の進行方向を示す「ピクトグラム(図形表示)」を配した「自転車ナビライン」(0.1km)が設置された。  すると、歩道を通行する自転車は自転車レーン区間で16~23%、自転車ナビライン区間で2~12%減少。また、3月に行われたアンケート調査では「危険に感じることが減った」と答えた歩行者は自転車レーン区間で45%、自転車ナビライン区間で37%に上った。  自転車を車道に「下ろす」ことで歩道上の危険が緩和された形だ。自転車も車道を安全に走りやすくなった。国では2012年に「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」を定め、これを受けて各自治体では警察と連携して市街地で自転車通行空間のネットワーク化を進めている。

保険料を低く設定した「自転車保険」で加入を促す

 しかしどれだけ対策をしても、自転車による事故はゼロにはならない。自転車が加害者となる事故で、加害者が自転車事故に対応する損害保険に加入していなければ、被害者の損害は救済されない。  そこで「自転車保険」への加入を義務付ける動きも始まった。兵庫県では今年10月から、県内の自転車利用者を対象に自転車保険への加入を義務付ける条例が施行される。条例に罰則はないが、加入を促す取り組みとして保険料を低く設定した「ひょうごのけんみん自転車保険」が用意され、4月から加入を受け付けている。  年額保険料は最も安いプランで1000円。同プランでは最大5000万円まで損害賠償を補償する。募集から2か月で1万5000件の申し込みがあったという。  また、交通安全教育でも有効な手立てはある。警察によるイエローカード(指導警告票)の交付件数が多い学校では、警察が交通安全教育を行うことにより、生徒および学生の自転車事故が減ることが分かっている。しかし実際には、学校と警察の連携は不十分だ。  そこで総務省は今年4月、自転車の交通安全対策に関する国の取り組みについての勧告を発表。この中で、文部科学省と国家公安委員会(警察庁)に対して、イエローカードの交付情報を活かした連携が進むよう、都道府県警や教育委員会へ指導を行うことを求めている。

免許なしには自転車すらマネジメントできない日本

 一方で自転車免許制度は、見た目の「わかりやすさ」とは裏腹に制度設計が極めて難しい。「自転車ツーキニスト」の疋田智さんは、自身のメールマガジンでこんな風に問題点を指摘している。 「だいたい、今後、外国人観光客が増えることが予想され、それにともない『ベリブ』『ボリスバイク』のようなシェアバイク、レンタル自転車を導入する際(東京都はそうしようとしている)、彼らの免許をどうするというのか。なぜ日本だけが『自転車免許』? この国の人々は、免許なしには自転車すらマネジメントできないのか? この国のレベルは中学生レベルか? と笑いものになるのは必定」 「そもそも免許制というものは、ある種の『自由の制限』だから、慎重にことに当たらなくてはならない。まずは教育ありき。それでも駄目、個々の努力でも無理、ということになってはじめて考えるべきものなのだ。包丁やカッターナイフになぜ免許がないのか、ちょっと考えてみるといい」 「現実として、では、自転車免許にはどういう試験を課すというのだろう。日本一簡単、有り体に言ってバカでも通るペーパーテストだけの『原付免許』というものがあるけれど、必然として、あれより簡単でなくてはならない。そんな試験に何の意味があるというのだろう」(以上、出典:「週刊 自転車ツーキニスト」619号)  自転車の「誰でも乗れて健康増進になり、しかも環境負荷が少ない」という利点を引き出す形で交通安全対策は進められるべきだろう。先に挙げた総務省の勧告は「(交通)ルールが守られないのは、自転車に乗る人がルールを知らないからではなく、不十分な通行環境などが原因」との認識に立つ。有効な施策を着実に進めることが最優先だ。 <取材・文/斉藤円華>
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