illustrated by geralt (CC0 Public Domain)
前回の
小欄(※)では、ロシア政府がインターネット監視を強化しており、西側のインターネットサービス企業が操業できなくなる可能性についてお伝えした。
※ロシアのインターネット取引が危機に。間近に迫る「個人情報法」改正を巡り混乱広がる
『個人情報法』が改正され、ロシア人ユーザーの情報をロシア国内のサーバーに保管しなければならないと規定されたことによるものである。
既に米国のショッピングサイトe-Bayがこの新ルールを受け入れる意向を示していることは前述の記事で述べた通りであるが、FacebookやTwitterといったSNSやGoogleはまだ立場をはっきりさせていない。
こうした中で、マスコミやインターネットの監督を担当する連邦通信・情報技術・マスコミ監督庁(ロスコムナゾール)がこれらの企業に対する締め付けを強めている。
報道によると、5月6日、ロスコムナゾールのクセンゾフ副長官は、Facebook、Twitter、Googleの各現地法人に対し、ロシアの法令を遵守するよう求める書簡を発出した。
ここで言う「法令」というのは2014年11月に改正された2006年度連邦法『情報、情報技術及び情報保護について』のこと。この改正法は通称「ブロガー法」と呼ばれ、1日に3000ヒット以上のアクセスがあるサイト(カウントはロスコムナゾールが独自の方法で行う)の管理者を「ブロガー」と規定し、姓、ファーストネームのイニシャル、連絡先を明らかにすることなどを義務づけている。また、これらのブロガーは政府から是正命令を受けた場合、速やかに投稿を削除しなければならないともされた。
2011年末に発生した大規模な反政権デモにおいて政権批判を繰り返す有名なブロガー(反体制派弁護士のアレクセイ・ナヴァリヌィ氏などが代表的)が中心的な役割を果たしたことや、「アラブの春」でSNSが反体制派に活用されたことなどを念頭に盛り込まれた規定だ。匿名での情報発信を難しくすることで、政権批判を押さえ込む狙いがあると見られる。
ショイグ国防相が「今や情報は武器である」と述べたことや、昨年12月に改訂された『軍事ドクトリン』でロシアに対する「敵対的な情報活動」が軍事的危険性を持つと規定されたことからも明らかなように、ロシア政府はネット言論が政権を脅かしかねず、さらには外国によるロシアの内政撹乱に利用されかねないという立場を鮮明にしつつある。
だが、ロスコムナゾールによると、法改正後も西側のインターネットサービスではこうした実名化の原則が守られていないという。実際、Twitterなどのロシア人ユーザーの大部分は、公人や有名人を除いて匿名のハンドルネームを使っており、法律を素直に解釈すれば違反である。ただ、実名でなければSNSを利用できないのでは、政権にとって都合の悪い情報発信を行うユーザーは大きな社会的リスクを抱えることになり、あまりにも言論の自由が制約される。
ロスコムナゾールはこれまでにも上記3社の代表と話し合いを重ねてきたとされるが、妥協点は見つかっておらず、このままではブロガー法の規定に従って罰金の支払い(個人は最高30万ルーブル、法人は最高50万ルーブル)や、それでも是正されなければアクセス制限にまで踏み切る姿勢を見せている。5月18日には、ロスコムナゾールのジャーロフ長官名でこのような制裁措置を警告する文書が3社に発出されているという。
加えて今年9月には、本稿冒頭で述べた『個人情報法』の発効が迫っている。同法が発効すれば、匿名ユーザーのアカウント閉鎖だけでなく、3社を含むインターネットサービス企業のうち、ロシア国内のサーバーにロシア人ユーザーの情報を移転していない企業の活動そのものが違法ということになる。
これまでロシアではテレビやラジオといった電波メディアに政府資本が注入され、政府批判を封じる一方、インターネットや紙メディアでは比較的自由な言論空間が維持されてきた。ウクライナ危機で社会全体が保守化する中、こうした自由も次第に失われて行くのだろうか。今年後半以降、ロシアのネット空間は大きな岐路に立たされることになろう。
<文/小泉悠(未来工学研究所)>
こいずみゆう●早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在はシンクタンク研究員。Yahoo!ニュース個人(
http://bylines.news.yahoo.co.jp/koizumiyu/)や『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆。個人サイトWorld Security Intelligence(
http://wsintell.org/top/)を運営