迷走する新国立競技場。今こそ建築家・坂茂氏を推したいこれだけの理由

菅野完
日本スポーツ振興センター

日本スポーツ振興センター「新国立競技場 国際デザイン・コンクール報告書」より

 2020年に開催の迫る東京オリンピック・パラリンピック。そのメイン会場である新国立競技場の建設計画が、揺れている。

 建設計画の目玉であった開閉式の屋根が、オリンピック開催に間に合わないというのだ。5月18日、下村文部科学相は東京都の舛添都知事と会談し、開閉式屋根の設置を五輪後とすることや観客席の一部を仮設スタンドとして規模を縮小することなどを伝える一方、周辺整備にかかる費用500億円の負担を求めた。国が都に対し「納期に間に合わない。しかし費用負担はお願いしたい」と、なんとも無様なお願いをした格好だ。

 今回の建築案には、選定当初から様々な疑問が呈されてきた。「アンビルドの女王」とも揶揄されるザハ・ハディド氏の当初プランは、あの自転車用ヘルメットのような奇抜な外観もさることながら、規模も費用もあまりにも大きすぎたのだ。また、安藤忠雄氏が主導する選定過程にも、合理性のなさや不透明さを指摘する声が絶えない。しかし安藤氏や事業主体の一つである日本スポーツ振興センターは、責任のなすり合いに終始し、これらの批判に向き合っていない。

 こうした中、一部有識者からは、計画の白紙撤回を求める声も上がりつつある。すでに、旧・国立競技場は解体され全くの更地になっている。新しいスタジアムを作らねばならない以上、この際、ザハ案を白紙撤回し、選定作業からやり直すというのも合理的な選択肢の一つだろう。

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の公式サイトに掲載された「ビジョン」(http://tokyo2020.jp/jp/vision/)によれば、2020年東京オリンピックの基本コンセプトの一つは、「成熟国家となった日本が、今度は世界にポジティブな変革を促し、それらをレガシーとして未来へ継承していく」ことだそうだ。国立競技場の後背地には、日本が世界に誇る明治神宮の人工自然林がある。「明治神宮御境内 林苑計画」が当時の森林学の最新知見を集めてまとめられたのが、1921年(大正10年)。ちょうどオリンピックから100年前のこと。計画段階から「およそ100年後には広葉樹を中心とした極相林(人の手によらず自然の力だけで森林が維持でき、自生する植物の構成が安定する状態)になる」ことを目指して造営された。それから100年。明治神宮の森は、「成熟都市・東京」のシンボルのような存在だ。コンセプトに照らし合わせて考えると、新しい国立競技場は、この明治神宮の森の景観を壊すことなく周囲の環境に溶け込む必要があるだろう。

 また、「東日本大震災からの復興」も東京オリンピックの大きなテーマの一つだ。2013年に行われたオリンピック誘致のための最終プレゼンは、高円宮妃久子殿下による「世界から寄せられた東日本大震災被災地支援への感謝の言葉」からスタートしている。安部首相も「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。」と発言し、東日本大震災や福島第一原発事故はオリンピック開催の障害にはならないことを「保証」した。で、あるならば大会のシンボルである新国立競技場も、「震災からの復興」を象徴するものでなければならないはずだ。

 そこで、注目したいのが、坂茂(ばん しげる)氏がコンペにあたって提出したプランだ。

 日本スポーツ振興センターが公開している応募作品集に残る坂氏の外観パース図には、「周囲の環境に溶け込む小さなモジュール構造と開閉式屋根」との注釈が添えられている。また、他の応募作品に比べて、特筆して緑が多いのも氏のプランの特徴だろう。プラン立案にあたって、氏が、明治神宮の森をはじめとする神宮外苑エリアの地域特性を考慮した様子がうかがえる。

 また「震災からの復興」というテーマからも、坂氏の作品は注目に価する。坂茂氏は、2014年、「建築界のノーベル賞」とよばれるプリツカー賞を受賞した。審査委員長を務めた英国のピーター・パルンボ卿は「自然災害などで壊滅的な打撃を受けて家を失った人々に対して、自発的な活動を展開する」ことを、受賞理由の一つとしてあげている。つまり、坂氏は「復興建築の第一人者」としてプリツカー賞を受賞しているのだ。

 氏は1994年にルワンダ難民キャンプへシェルターを提供したことを皮切りに、阪神淡路大震災、四川省大地震、ニュージーランド地震そして東日本大震災と、紛争地・被災地にシェルターや仮設住宅を建て続けてきた。

 東日本大震災では、女川町に仮設住宅を建設。平地が少ない立地特性にあわせ、「コンテナを多層的に組み合わせる」解決策を打ち出したこの仮設住宅は、被災者からも「仮設とは思えない」「出て行きたくないほど快適」との声が聞こえるほど、好評を博している。また、東日本大震災における津波被害の一つのシンボルとも言えるJR石巻線・女川駅の復興駅舎を設計したのも坂氏だ。

 オリンピックのテーマの一つが震災からの復興であるならば、実際に東日本大震災の被災者での活動実績があり世界的な評価も高い坂氏のプランこそ、新国立競技場にふさわしい。そう思えてならないのだ。

<文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie)>

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