ファストファッションの世界を制した男――ZARA創業者の実像

ZARA

photo by MOs810(CC BY-SA 3.0)

[短期集中連載第1回]  1975年にスペインの北西部ガリシャ地方のコルーニャ市で1店舗を構えたのがZARAのスタートである。それから40年経過した今、創業者アマンシオ・オルテガ(79才)は、資産679億ドルを所有して、フォーブス富豪者番付4位にランキングされている。(http://www.forbes.com/profile/amancio-ortega/)アマンシオ・オルテガはマスコミには絶対に顔を出さない男だ。1980年代後半まで、ZARAの創業者をメディアが取り上げたのはほんの僅かだった。彼はマスコミに出るのを好まないという。有名になるとテレビインタビューなどの出演も依頼されるはず。しかし、彼はそれに応えたことが一度もない。  ZARAが米国で話題になり始めた頃にニューヨーク・タイムズ紙からインタビューの依頼があったが、彼はそれも辞退している。代わりに 当時の社長のカステリャーノ氏がインタビューを受けたのだが、その時、取材に訪れた記者を工場内に案内してると、アマンシオが従業員の中に混じって仕事をしていたというエピソードがあるほどだ。

ブランド「ZARA」の始まり

 オルテガ家は貧しかった。そのため、アマンシオ少年は12才から衣料品店で働き始めたのである。そこでアパレル業界の内情を覚えた。  1963年に、アマンシオは家族と一緒に、当時流行していたガウンなどの生産業者として経営を始めた。この会社も順調に成長し、10年後には従業員500人を抱える会社に成長していたという。  しかし、生産したものを小売業者に売るには在庫のことなどで色々と問題を抱えていた。そこで彼が思いついてたのが、生産と販売を一貫させたシステムの構築である。その具現化を1975年に実現させた。僅かに1店舗だけであったが、生産して販売するという生産直販ファストファッションを創設させたのである。ZARAが誕生した瞬間であった。 ※次回は、第2回『オルテガが構築した「ファストファッション」』に続きます。 <文/白石和幸> しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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