時ならぬ「読書ブーム」は何の需要に応えるか?

オバタカズユキ
 出版界で「本が売れない」というフレーズをあまり耳にしなくなってきた気がする。その主因は、いわゆる「出版不況」が長すぎて、愚痴をこぼすのも聞くのもうんざりという「慢性的絶望感」ではないかと思っているが、いっぽうでこの世界の未来を前向きに語る識者も少なくない。

読書 2014年の9月には、<「出版不況」は本当か?書籍まわりのニュースは嘘が多すぎる>と題する記事が、<今年から来年にかけて「総合書籍市場」は回復し、2016年には1兆円を突破します。2018年には1兆61億円。これは1998年とほぼ同額です>という明るい予測を紹介していた。ただ、この「回復」は電子コミックスの市場拡大見込みに頼ったもので、マンガじゃない活字の電子書籍もぐいぐい伸びるとは言っていない。

 マンガだけでも元気になれば業界的には幸いだが、なぜ活字の本がそんなにダメダメなのか。理由はいろいろ考えられるけれども、もっとも大きいのは自転車操業的な書籍の粗製乱造の問題だ。多言語発信サイト「nippon.com」の記事<出版崩壊>にある通り、<ネット世界のように、情報の受け手の需要に併せ柔軟に対応し変化するわけではなく、あくまでも作って流すだけという供給体質>から出版界がなかなか抜け出せないのである。また、よく指摘されるように、本の読書時間がネット(≒スマホ)の利用時間に奪われているのも事実だろう。

 ところがこのネットと読書について、先日、路地裏のバーで興味深い話を聞いた。カウンター席だけの店で、客は私の他にもう一人、40歳前後の冗談好きなジェントルマンだけ。世間話を交わしているうちに、なにかの流れで私が「いやー、実はまだガラケーしか持ってなくて、さすがにスマホを買わなきゃと思っているんですよ」と口にしたところ、ジェントルマンに「ボクは逆です」と返された。

 どんなオチを用意しているのか。「そのココロは?」と彼の反応にベタ乗りしてみたら、「ガラケー機能でケータイは十分。もうスマホを解約しようかと考えていましてね」と真顔で言う。「他のタブレットがあるからですか?」と私も真顔で質問を重ねると、彼の答えはこうだった。「いやいや、ネットはPCだけで十分だ、と。スマホは時間潰しにはいいのですが、それって要は自分の人生の残り時間を潰しているのと同じじゃないですか。その時間ぶんを読書にでもまわせば、こんなボクだってもう少し賢くなれるかもしれない。最近、つくづくそう思うんですよ」。

 酒場が真面目な空間になりすぎたから、「だったら、飲んでいる時間も考えもんですね」と私がツッコみ、ジェントルマン氏が「その通りです! では、マスター、そこのバックバーのボトルを片づけて書棚にしましょう。これからは読書バーが流行ります(笑)」という品のいい冗談をオチにつけてこの話は終わったのだが、彼が真顔で言っていたことについては、私も「わかるなあ」という気持ちを抱いたのである。

 ココでこうして原稿を書かせてもらって言うのはナンなのだが、ネット記事は書籍の文章よりも頭に残りづらい。読んだ次の日には、いや、読んだ数時間後にはきれいさっぱり中身を忘れている場合が多い。テレビと似ているのだけれど、ネットからのインプットは紙からのそれよりも揮発性が高いように私は感じている。

 理由はおそらく簡単だ。ネットでの読書は、テレビでの視聴と同じく、コンテンツにお金を払っていない。同じ「読む」行為でも、書籍よりずっと負荷が低い。だから「元を取ろう」という意識が働きづらい。「どうせネット記事だから」と読み流しがちだ。そして、ネットのコンテンツを作るほうもそうしたマスの読者の意識を前提に仕事をしているケースが大半なので、たしかに読み流す程度が適当である記事も大変多い。

 もちろん書籍だって、先述したように、粗製乱造が大問題だ。だが、バイラルメディアの跋扈をはじめとして、ネット記事のお粗末ぶりは書籍の比ではない。粗製乱造品でもとりあえず儲けが出たりするため、読むだけ時間の無駄遣いといった記事が大量生産されている。

 バーのジェントルマン氏は、きっとそうしたネット記事に飽き飽きしてきたのだろう。同じように感じている人は、このところ急増しているような気がする。データで証拠が出せる類の話ではないのだが、それこそ時間つぶしにネットを眺めているだけでも、書籍というオールドメディアの見直しのような現象が方々で目に入る。

 ブログでもSNSでも、自分の読了本について書く人はとっても多い。読書好きたちが読んだ本の感想を書きあって交流するコミュニティーサイト「読書メーター」や「ブクログ」も、利用者が増えている。

 2011年から本格始動し、いまや下手な書籍広告を打つよりもココで取り上げられたほうが売れ行きに直結するといわれるまでになったノンフィクション専門(自己啓発書とIT専門書を除く)の「おすすめ本」紹介サイト「HONZ」の存在感は大きい。クリエイティブエージェンシーの博報堂ケトルとnumabooksというクリエイティブ・チームが組んで、2012年に東京の下北沢でオープンさせたミニイベント開催スペースであり新刊書店である「B&B」の話もネットでよく見る。

 B&Bは書籍を介して生の人間たちが集う場だが、日本経済新聞の<静かなブーム、読書会の魅力って?> という記事もあった。それによると、<各自が持ち寄った本を紹介し合い、その内容にまつわる情報や意見が飛び交う。課題図書はない。レジュメを作って誰かが発表して、という従来の読書会とは違って、終始フリートークを楽しむ。参加費はドリンク代のみ。こんな読書会が近ごろ増えている>そうだ。この記事には出ていなかったが、名古屋発の「猫町倶楽部」という読書会コミュニティもマスメディアでよく紹介されている。こちらはもっと意識高く、ビジネス書のディスカッションで自己啓発に励んだり、文学作品を課題本にしてメンバーの感性を高め合ったりしている。

 アメリカ式マーケティング理論の伝道者であり、自己啓発のカミサマ的存在として一世を風靡した神田昌典も、読書会の普及に力を入れているそうだ。今年の4月、東洋経済オンラインで前編後編に渡って、読書の重要性をこう語っている。

<2015年の日本では、これまでの価値観で不要なものは手放し、必要なものを新たに構築する作業をしなくてはなりません。歴史の転換点においては、新しい価値観を創造することが重要です。そのためには、ほかのメディアに比べて情報の信頼性が高く、最先端の知識が集まっている本を読むことが最も有効なのです>

 なにやら話が壮大である。自己啓発系の人の話をなかなか素直に聞けない私は、「今が歴史の転換点だって物心がついた頃からずっと言われ続けているんですけど」とシャに構えたくなるし、なんてったってこのオンライン記事の写真の神田氏はお姿がユニークだ。群青の生地に白くて小さな花(梅か?)が咲き散るジャケットのデザインが気になりすぎて、肝心のお話のほうがいまひとつ頭に入ってこない

 でもまあ、<ほかのメディアに比べて情報の信頼性が高く、最先端の知識が集まっている>のが本というのは、たしかにそうだ。ネット情報に飽き足らない層の心をさっそく鷲づかみしようという神田昌典は、さすがカミサマ的マーケッターだ、とも思う。

 また、今年の1月には『週刊エコノミスト』が、「読書会ブームが来た!」という特集を組み、それを電子書籍で発売中だ。本とコミックの情報誌『ダ・ヴィンチ』6月号は、アイドルグループ・乃木坂46の「活字部」メンバーが<課題図書を事前に読了し、感想を語り合う「読書会」に初挑戦。課題図書は、戦後史上最年少&平成生まれ初の直木賞作家、朝井リョウの最新長編小説『武道館』。題材はなんと、アイドルだ>との企画を手がけた。

 読書会はさまざまな形で商品化されている段階まできているようだが、それはどんな本をどう読めばいいのか導く読書ガイドの役割も担っている。日本の書籍はとにかく発行点数が多い。玉石混交の石がやたら多い。玉探しは簡単じゃない。

 だから、「HONZ」のような「おすすめ本」紹介サイトでは、ガイドを担う読み手の力量が厳しく問われる。読み手として力量が図抜けてあり、かつ、その個人に魅力が備わっていれば、「おすすめ本」を紹介する本の著者として活躍する余地も当然ある。

 読書案内や読書術、読書論といったジャンルの本の著者では、『読書の技法』(東洋経済新報社)をはじめとして何冊もの同ジャンルの著作がある佐藤優が目立っている。より万人向けの教養本を量産して人気が続いている池上彰も、今年の2月に『世界を変えた10冊の本』(池上彰・文春文庫)を出した。小学生向け、中高生向け、大学生・社会人向けと、これから多種多様な池上読書案内シリーズが出版されてもおかしくない。

 佐藤、池上というビッグネームによるものではなくても、読書ガイド系の本はなかなか集客力があるようだ。たとえば4月に出たばかりの『読書で賢く生きる。』(ベスト新書)の出足が好調だと聞く。中川淳一郎、漆原直行、山本一郎という口の悪いアラフォー男3人による共著なのだが、<要するに、読書は「自分にはまだまだ知らないことがたくさんあるなぁ」ということに気づくための行為(無知の知)であり、より善き人生を送ることに役立つバランス感覚を獲得するための営みであるということができるでしょう>と、ごくごくまっとうなスタンスで「賢い読者になるための読書」の知恵と情報を提供している。

 ちなみに、このジャンルで過去にミリオンセラーとなったのは、1976年に刊行された渡部昇一の『知的生活の方法』(講談社現代新書)だ。あんまりにもみんな読んでいるものだから学生時代に一読した記憶がある。「知的生活、って自分で自分に言えるか!」と恥ずかしくなったものだ。という感想はともかく、『知的生活の方法』から40年。今でも、読書で知的な自分になりたい欲望は変わらずある。もしかしたら当時以上に、その欲望は高まっている。

 なぜかといえば、アマゾンで検索をかけてみたら、読書案内・読書論系の本が無数に出てきたのだ。以下に例を挙げるが、いずれも発売日(発行日)が、この新学期以降のものである。新しいもの(発売予定を含む)から順に、並べてみよう。

 6/12『敗者の読書術』(高橋弘樹著・主婦の友社)、5/20『「考える力」をつける読書術』(轡田隆史著・知的生き方文庫)、5/下旬『大読書日記』(鹿島茂著・青土社)、5/8『論理的思考をきたえる「読む技術」』(出口汪著・日経ビジネス人文庫)、4/20『読んだら忘れない読書術』(樺沢紫苑著・サンマーク出版)、4/17『読書をお金に換える技術』(千田琢哉著・ぱる出版)、4/16『河合隼雄の読書人生』(河合隼雄著・岩波現代文庫)、4/15『古典不要論への反撃!?』(上野誠著・笠間書院)。

 4月以降のものだけでも、これだけ出版されているのである。「読むべき本を知りたい」「読書で賢くなりたい」「知的巨人の読書歴に触発されたい」といった欲望がむんむん立ち込めている。だけど、こんなにいっぱい似たような本がひしめいていたら、船頭多くして船山に登る状態だ。どの本が役立ちそうか、書名と著者名を見ているだけでお腹いっぱいになるのは私だけだろうか。

 ネット上でいい。どなたか、力量のある読み手が、読書ガイド本のガイド地図を作成してはくれないだろうか。辛口なテイストで是非。

<文/オバタカズユキ

おばた・かずゆき/フリーライター、コラムニスト。1964年東京都生まれ。大学卒業後、一瞬の出版社勤務を経て、1989年より文筆業に。著書に『大学図鑑!』(ダイヤモンド社、監修)、『何のために働くか』(幻冬舎文庫)、『大手を蹴った若者が集まる知る人ぞ知る会社』(朝日新聞出版)などがある。裏方として制作に携わった本には『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話』(ソフトバンク新書)、『統合失調症がやってきた』(イースト・プレス)などがある。

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