金持ちのヤツらが憎くて仕方がない。貧乏人はみんな同じだと思うが、どうなんだろう?

【石原壮一郎の名言に訊け】~二宮尊徳の巻 ~ Q:いくらせっせと働いても、この先、俺が金持ちになるのはあり得ない。しかし、世の中には金持ちがいっぱいいる。都心のど真ん中に立派な家を建てて、高級車に乗って、楽しく暮している。俺はそんな金持ちのヤツらが憎くて仕方ない。憎んでも何にもならないことはわかっているが、憎まずにはいられない。貧乏人はみんな同じだと思うが、どうなんだろう?(埼玉県・30歳・小売業)
二宮尊徳

二宮尊徳の銅像

A:いますよねえ、明らかに金持ちな人たち。今回は久しぶりに町内の助っ人にご登場いただきましょう。いちおう肩書きは「作家」だけど、どうやって食べているのか誰も知らないし、自分でもよくわかっていないという噂のM先生です。  そうか、憎いか。元気があってよろしい。念が入った貧乏に慣れると、憎いどころかうらやましいとすら思わん。憎んだところで腹はふくれんしな。それより30歳というおぬしの年齢は、ちょっとうらやましいぞよ。  たしかに、これから先、おぬしが金持ちになることは、宝くじにでも当たらん限りはないじゃろう。それはおぬしだけではない。だからといって、おぬしの人生が不幸かというと、そうとは限らん。そこが人生の面白いところじゃ。  そもそも金持ちと貧乏人はどう違うのか。どれだけ金を持っていたら金持ちなのか。「歩きスマホ」ならぬ「歩き読書」姿の銅像で有名な二宮尊徳は、こんなことを言うておる。 「貧富は分度を守るか分度を失うかによって生ずる」  この「分度」は「予算」という意味じゃが、要は自分が使える金のことじゃ。尊徳は、持っている金の多い少ないではなく、分度を守って生活することが「富」であり、分度を越えてしまうことを「貧」だと考えた。ちょっとばかり金を持っていても、背伸びしたりないものねだりをしたりするような奴は「貧乏人」ということじゃな。  ワシは町内の誰よりも収入が少ない自信がある。いわゆる立派な「貧乏人」ではあるが、自分を貧しいと思ってはおらん。他人と比較するつもりはないが、誰よりも豊かで楽しい毎日を送っているつもりじゃ。強がりかもしれんが、強がりで何が悪い。金があろうがなかろうが、強がって自分を肯定することが幸せを感じる必須条件じゃ。  ただし、単に強がりを言っているだけでは「負け犬の遠吠え」に過ぎん。尊徳はこうも言うておる。「貧者は昨日のために今日働き、富者は明日のために今日働く」との。いつも明日のために働いているつもりで仕事に取り組めば、少なくとも気持ちの中では富者に近づけるはずじゃ。わしも日々、明日こそベストセラーを出してひと山当ててやるという気概で机に向かっておる。……おっと、いかんいかん、つい素直な邪念が。

【今回の大人メソッド】憎んで卑屈になるより無理にでも強がったほうが楽しい

金持ちや才能のある同業者など、自分にないものを持っている人を憎んだところで疲れるだけ。しかも、どんどん卑屈な気持ちになっていきます。だったら、たとえ現状は変わらなくても、全力で強がってしまいましょう。自分を認めてあげることができるなど、そのほうがずっと楽しく過ごせます。ま、卑屈な強がり方をしている人もたまにいますけど。 【相談募集中!】ツイッターで石原壮一郎さんのアカウント(@otonaryoku )に、簡単な相談内容を書いて呼びかけてください。 いしはら・そういちろう/フリーライター、コラムニスト。1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』(扶桑社)でデビュー。以来、さまざまなメディアで活躍し、日本の大人シーンを牽引している。『大人力検定』(文春文庫PLUS)、『大人の当たり前メソッド』(成美文庫)など著書多数。近年は地元の名物である伊勢うどんを精力的に応援。2013年には「伊勢うどん大使」に就任し、世界初の伊勢うどん本『食べるパワースポット[伊勢うどん]全国制覇への道』(扶桑社)も上梓。最新刊は、定番の悩みにさまざまな賢人が答える画期的な一冊『日本人の人生相談』(ワニブックス)
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