「海が見えなくなる」…防潮堤建設を拒否した大槌町住民のドキュメンタリー映画は何を訴える?
「もう防潮堤には頼らない」。東日本大震災の大津波で、住民の10人に1人が亡くなった岩手県大槌町。赤浜地区では復興に向けて、新たな防潮堤の建設を拒否した。赤浜で暮らす住民や漁師らの姿を、大槌の情景とともに描いたドキュメンタリー映画『赤浜Rock’n Roll』を製作した監督の小西晴子さんは、撮影を通じて「自然に対して謙虚であろうとする気持ちを呼び起こされた」と話す。
「赤浜の人々は、国や県が示した防潮堤計画に『海が見えなくなる』と反発しました。そもそも、大槌町を襲った津波の最大高さは22メートルでしたが、国の防潮堤案では高さが14.5メートルしかありません。その防潮堤では、東日本大震災級の津波を防げないのです」
住民が計画に反対した理由は他にもある。赤浜地区でも津波で多くの犠牲者が出たが、住民はその原因を調査。町の防災無線が機能しなかったことなどに加え、以前からある高さ6.4メートルの防潮堤が住民の視界をさえぎり、海の変化を察知するのが遅れたために被害が拡大したことがわかったという。
赤浜地区は復興計画で、高台に住宅を移転して津波への備えとすることを選んだ。しかし町内でも防潮堤計画を拒否したのは赤浜地区と、大槌湾を挟んだ対岸の1地区のみ。防潮堤の底辺の幅は、実に78メートルにも達する。城壁のような防潮堤が湾をぐるりと囲むように建設されようとしているのだ。
こうした防潮堤を、東北沿岸の総延長390キロメートルで整備する国の事業が始まった。総事業費は1兆円に達する。
「大槌町では、国の復興交付金の申請期限は2012年1月。住民が被災でショックを受け、まだ茫然自失としている時のことです。国と県が提案した14.5メートルの巨大な防潮堤による復興案が慌ただしく通ってしまった。私が取材した人で、14.5メートルの防潮堤に賛成している人はほとんどいませんでした。住民が望む復興を、もっと時間をかけて進める必要があったのではないでしょうか」(小西さん)
赤浜地区は養殖を中心とした沿岸漁業を中心に成り立つ。ワカメ、ホヤ、カキ、新巻鮭などが特産品だ。
「漁民は海を『太平洋銀行』と呼んでいます。自然をないがしろにして復興はない、と考えている。自然に対して傲慢になっていないのです。大槌は自然が豊かですが、人々の心もまた豊かなのです」(小西さん)
撮影当初は小西さん自身も「津波を防ぐために、防潮堤を作るのが当然では」と考えていたという。しかし自然を前に謙虚であろうとする赤浜の住民に接する中で、防潮堤計画への見方が変わった。
「都会では当たり前だった人工構造物への信頼が揺らぐのを感じました。実際に取材してみると、大槌町の中心部の1.1キロメートル部分だけで約260億円を超える建設工費がかかるのに、耐久期間は50年程度しかない。そうした防潮堤が東北沿岸を覆い尽くしますが、それで本当にいいのでしょうか」(小西さん)
タイトルの「ロックンロール」には「赤浜の人々のプライドと意地」を込めた、と小西さん。地元のロック好きが中心となり開かれたロックフェスティバルで、老若男女がビートに合わせて揺れているシーンに心温まる。作品は5月2日から東京・新宿のケイズシネマで上映される。
<取材・文・撮影/斉藤円華>
●映画「赤浜Rock’n Roll」公式サイト http://u-picc.com/akahama_rocknroll/
防潮堤が住民の視界をさえぎった
東北沿岸を覆い尽くす大工事なのに、50年しか持たない
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