建設中だった頃のバカラホテル
3月上旬、アメリカで最も贅沢な超高級ホテルがニューヨークのど真ん中にオープンする。
その名も「バカラ・ホテル」。
あの世界的に有名なフランスのクリスタルメーカーと、ウエスティンやシェラトンなどのホテルを運営するスターウッド・グループがライセンス契約し、世界で初めてバカラの名前を冠したホテルが誕生したのだ。
場所はマンハッタン五番街の近く、53丁目のニューヨーク近代美術館MoMAの向かい側という一等地にある。きらめくクリスタルのガラス張りビルはまだ建設中の数年前から目立っており、一階エントランスには「Baccarat」の文字が輝いている。
ホテル内も豪華そのもので、家具や装飾品のうち約1万5000点がバカラブランドの製品。シャンデリアはもちろん、テーブルや椅子にもバカラ製のクリスタルガラスが使用され、客室のベッドはパリの王室風、バスルームには白い大理石が使用され、客室の入り口すべてにバカラのクリスタル製品が展示されているそうで、まさにクリスタルの城だ。
ホテル内には高級スパなどの施設もあり、客室は全部で114。スタンダートルームは少なくとも一泊900ドル前後、スイートルームは最高で一泊1800ドルという。
このスーパーゴージャスなホテル、実はオープン前から世界の富豪投資家たちの間で争奪戦が起こっていたという。半年以上前、まだオープンしていないバカラ・ホテルの部屋が売りに出されているという噂が出ていたのだが、実際にこの2月9日、ついに売却が成立した。1室につき200万ドルを超え、ホテルの客室としては米国内で最高額。売却額はトータルで2億3000万ドルを超える巨額なものとなった。
ホテルの客室を投資家に売り出すということはそれほど一般的ではないらしいが、投資家が欲しがるレベルの高級ホテルに関しては世界でも珍しくない。こうした投資家を魅了するホテル物件は「トロフィー・ホテル」と呼ばれており、むしろ人気が高い。米国での過去の最高額はニューヨークの老舗高級ホテルとして有名なプラザ・ホテルで、2012年に1室204万ドルでインドの投資グループが購入。今回のバカラ・ホテルはそれを上回っている。
争奪戦に勝利し購入したのは、サンシャイン・インシュアランス・グループ(陽光保険集団)という中国の保険会社である。中国政府はこれまで、国内企業の海外投資を1億ドルまでなら自由に行ってもよいとしてきたが、昨年その制限を緩め、政府の許可なく10億ドルまでの海外投資を許可するようになっている。それにしても、同社は2005年に設立された新興企業だそうで、それがこの巨額海外投資をしたというのは恐れ入る。
その規制緩和以降、中国企業はこぞって海外投資に積極的になり、特に世界主要都市の高級ホテルなら資産価値がそう下がることはないと見込んで長期的投資対象にしているのだという。昨年10月にはアンバン・インシュランス・グループ(安邦保険集団)が、同じくニューヨークのパークアベニューにある名門ホテル、ウォルドルフ・アストリアを19億5000万ドルで買収したり、サンシャイン・インシュアランス・グループのような中国保険会社やその他の企業がこの1年間ほどで、ニューヨークはもちろんロサンゼルス、シカゴ、シドニーなどの超高級ホテルを買い漁っているのだ。
その流れは今後も続くと見られており、米国のジョーンズ・ラング・ラサールの試算によると、今後1年間で中国企業による海外のホテル買収は総額で50億ドルを超えるだろうとされている。
庶民にとっては別世界のような話だが、それでもアメリカで最も贅沢なバカラ・ホテルに一度は泊ってみたいもの。ホテルのサイトで調べると、オープンしたての3月でもまだ空き室はあるようだ。ちなみにホテルはバカラのクリスタルだけでなく世界で選りすぐった至高の素材が用いられており、客室の壁紙は和紙を使用しているという。 <取材・文・撮影/水次祥子>