『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)書影
―― 安田さんの新著『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)は主にベトナムの技能実習生をテーマにしていますが、タイトルの「〝低度〟外国人材」は、聞きなれない言葉です。どういう意味なのでしょうか。
安田峰俊氏(以下、安田) 「
〝低度〟外国人材」は「高度外国人材」の反対語です。日本政府は日本が積極的に受け入れるべき外国人を高度外国人材と呼び、「国内の資本・労働とは補完関係にあり、代替することが出来ない良質な人材」で、「我が国の産業にイノベーションをもたらすとともに、日本人との切磋琢磨を通じて専門的・技術的な労働市場の発展を促し、我が国労働市場の効率性を高めることが期待される人材」と定義しています。
政府は高度外国人材を定義した際、当然その真逆の人たちのことも頭にあったはずです。それは「国内の資本・労働と健全な補完関係に置かれておらず、容易に代替が可能な劣位の人材」で、かつ「我が国の産業にイノベーションをもたらさず」「日本人との切磋琢磨もなく専門的・技術的な労働市場の発展を促すこともなく」「我が国労働市場の効率性を高めないまま働いている人材」ということになります。これが本書の言う「〝低度〟外国人材」です。
日本政府は高度外国人材を欲しがっていますが、実際に日本に大勢やってきているのは低度外国人材です。日本社会が実態として彼らを必要としているからです。日本は極度の少子高齢化によって労働人口が減少し、社会の活力が失われています。そのため、とにかく若くて安い労働力が必要になっているのです。
彼らが日本にやってくる方法の一つが、技能実習制度です。技能実習制度について簡単に振り返ると、技能実習生たちは通常、母国の「送り出し機関」の募集に応じて現地で研修を受け、彼らと提携する日本国内の「監理団体」に送られます。監理団体とは、実習生たちの取りまとめを行う組織のことです。この監理団体の斡旋のもと、受け入れ先企業で事実上の就業を行うことになります。
技能実習制度は性善説に基づいて設計されており、送り出し機関や監理団体、実習先の企業などが善意で行動すれば、みなが利益を得られる仕組みになっています。たとえば、私が取材したガラス会社は、上場企業ということもあって、ベトナムの技能実習生たちは綺麗な寮に住み、十分な福利厚生を享受していました。企業は彼らがそこで学んだ知識をベトナムに持ち帰り、母国の発展に貢献することを期待していました。善意の歯車が噛み合えば、こうした素晴らしい事例が生まれるのです。
しかし、これはレアなケースで、関係者たちが悪意を持っていることも多いのです。悪質な送り出し機関になると、技能実習生から150万円もの費用を徴収しています。そのような送り出し機関と提携している監理団体や受け入れ先企業も、たいてい悪質です。職場ではセクハラやパワハラが横行し、給料は最低賃金レベルということも珍しくありません。しかし、技能実習生たちが監理団体に告発しても、監理団体は自分たちの顧客である受け入れ先企業の肩を持ち、実習生たちを強制帰国させることもあります。
政府の責任も重大です。ベトナム政府に関して言えば、彼らは悪質な送り出し機関を把握しながら、それを黙認しています。日本政府も問題のある技能実習制度を提供しているという意味で、責任があります。誰か特定の関係者に責任があるというより、関係者たち全員に責任があるというのが実態だと思います。
―― 安田さんは技能実習制度の問題点を指摘する一方で、実習生たちを企業から搾取される不幸でかわいそうな存在と見ることも一面的だと指摘しています。
安田 苦しい立場に置かれている実習生たちがいることは事実です。しかし、彼らは紋切り型の報道の中で語られるような、絶対的な弱者ばかりではありません。日本という異国を生き抜いているわけですから、ギラついている人も少なからずいます。
その最たる例が「
ボドイ」です。ボドイとはベトナム語で兵士という意味で、ベトナム人の不法滞在者や偽装留学生などがしばしば自称する名称です。自分たちが異国で奮闘していることを兵士になぞらえているのです。また、日本の官憲や入管職員と闘う存在であるという含意もあるようです。
ボドイたちはイリーガルなことに手を染めており、無免許運転や万引きは日常茶飯事です。彼らはSNSを通じて様々なものを売買しており、たとえば車検の切れた車が数万円から販売されています。偽造車検シールも売っています。覚醒剤やマリファナも売買されています。借金を返せないベトナム人が同胞に拉致される事件も起こっています。
日本で最も有名なボドイは、「群馬の兄貴」を名乗るベトナム人でしょう。北関東では昨年夏以降、家畜や果物の大規模窃盗が表面化し、これに関係があるグループとして浮上したのが「群馬の兄貴」と仲間たちでした。スキンヘッドで両腕いっぱいにタトゥーを入れている特徴的な外見も話題になりました。
群馬県警は彼らを入管法違反で逮捕し、それを足掛かりに家畜窃盗事件の全容解明を進めようとしていました。しかし、彼らは入管法違反などの容疑は認める一方、大規模窃盗に関しては否認を続けていました。
マスコミが被害頭数や被害総額を強調したため、あたかも巨大な犯罪組織が大量の家畜を窃盗したかのような印象が広がりましたが、私が取材した捜査関係者は、家畜窃盗の犯人は1グループではなく、1日に数頭といった小規模の窃盗が何度も繰り返されていた可能性があると指摘していました。実際、私が話を聞いたボドイも、家畜の窃盗は前からみんなやっていたと言っていました。
そこから考えると、以前から個人や小グループ単位で散発的に行われていた窃盗が、コロナ禍によって急増し、それが積もりに積もって膨大な被害総額となった。その実態が今回行われた調査によって明らかになったということだと思います。もちろん群馬の兄貴は品行方正な人間ではありませんが、大規模窃盗に関しては無実の可能性が高いでしょう。
―― 技能実習制度の問題点を改善していくためにはどうすればよいですか。
安田 それは非常に難しい問題です。日本は若者の困窮化をはじめ多くの問題を抱えており、率直に言って技能実習制度の優先順位はかなり低いと思います。まずは日本人に関する問題を解決しなければ、外国人労働者に目を向けようという気運は高まらないでしょう。残酷な言い方かもしれませんが、それが日本社会の現実だと思います。
(4月1日 聞き手・構成 中村友哉)
<記事初出/
月刊日本2021年5月号より>
安田峰俊(やすだ・みねとし)
1982年、滋賀県生まれ。立命館大学卒業後、広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)で第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。近著に『現代中国の秘密結社』(中公新書ラクレ)など。