矯正歯科治療トラブルの根絶を目指して。新しい専門医制度の立役者に聞く

筆記試験には医療倫理も

――専門医の認定の要件はどのようなものなのでしょうか。 清水:まず、申請の資格は、大学卒業後に大学病院を含めた矯正歯科研修機関における5年以上の常勤研修歴があり、矯正歯科に関連する原著論文又は症例報告論文(査読付き雑誌に限る)の筆頭著者であることです。  そして、審査の内容は、マークシートと論述式各60分の筆記試験と、課題症例5症例についての症例審査、そして20分ほどの口頭試問です。また、クリニックのHPの掲載内容の倫理審査もあります。  マークシートの試験内容は、歯科医療に関する法令、倫理および医療安全についての設問です。また、先天異常の治療や他科との連携治療に関する設問もあります。例えば、口唇・口蓋裂の治療やあごの手術が必要な外科的矯正治療に関しては、他科との密接な連携が必要であるため各科の治療区分の理解が重要になります。  論述式でも設問範囲はマークシート方式と同じですが、臨床マネージメントの理解と実践等について、筋道を立てて論理的に説明できるかを問う内容になっています。 ――課題症例5症例についての審査と口頭試問とはどのような内容なのでしょうか。 清水:申請者が治療したカテゴリーの異なった5症例の資料(顔面・口腔内写真、X線写真、口腔模型、診断分析資料と治療経過、結果のまとめ等)をあらかじめ提出してもらいます。そして審査員が資料を精査し、基準に沿って治療の質を評価し配点します。また、症例の治療方針、治療法、問題点等について口頭試問を行い明瞭な回答が得られるかを評価します。  申請書類、筆記試験、症例審査と口頭試問、倫理審査の評価点を総合して合否を判定します。  認定要件がこのような内容になったのは、関係法令を遵守し患者との信頼関係を得られる歯科医を専門医として認定するためです。どのような症例に対しても対応でき、良好な治療結果を提供できる専門医としての最低条件を想定したものですが、かなり厳しい要件を付与しています。

患者が気を付けるべきことは

――より良い矯正歯科治療を受けるためには、どのようなことを心掛ければよいのでしょうか。 清水:やはり治療を開始する時にきちんとした検査をし、その結果に基づき治療方針、治療期間、費用等についての説明をし、患者の質問にもわかりやすく回答してくれる矯正歯科医にかかるべきです。  通常は治療期間、費用、そして矯正治療によるメリット、デメリットやリスクの説明が記載された書類を作成し、患者に同意をもらいます。また、転勤や進学等による転院の可能性があれば、その時の対応や治療費についても確認しておくべきです。  その手続をしない歯科医の場合、後にトラブルが発生した時の患者のリスクが増大します。 ――安易な矯正治療を掲げる宣伝文句を患者が鵜呑みにしてトラブルが発生する場合もあると聞きました。 清水:最近、「人に知られず楽に治せるマウスピース型の矯正治療」という宣伝文句で「治らなかった」というトラブルが起きています。マウスピースの装着条件は1日の大半の装着ですが、実際はそれほど長時間にわたってマウスピースを装着することが困難なことがあります。  ところが、治らなかった場合は、長時間装着しない患者の責任で、歯科医は責任を負わないという構図があるんですね。  さらに、マウスピース型の矯正治療の適応症は限られております。日本人は、歯並びが凸凹になりやすく、前歯の前突も強いことが多いため、歯を抜いて治療しなければならない症例が多いのですが、マウスピース型の矯正治療はこのような抜歯症例には不向きです。  そのため、日本矯正歯科学会では、患者に向けてマウスピース治療を行う際の注意点について述べた「マウスピース型矯正装置による治療に関する見解」というステートメントを出しています。  また、他にも治療期間を短縮するために、歯の土台である歯槽骨の表面にヒビを入れたり穴をあけたりすることで、歯の移動を促進させる治療法も見られますが、歯の移動を促進する十分な医学的エビデンスは得られておりません。  見た目を気にするせいか、長期間にわたって従来の矯正装置を入れたくないという患者はマウスピース型や歯の裏側の装置での治療を希望しますが、前述のようなきちんとした事前説明等をしない歯科医に当たってしまった場合、トラブルになることがあります。  近い将来、国が認める矯正歯科専門医制度が発足しますので、行政側も「専門医での治療」を勧めるようになると思います。  矯正歯科治療はあくまでも咬合(こうごう・噛み合わせのこと)改善の治療です。表面的なことに惑わされずに、情報をきちんと吟味して、わからないことがあれば矯正歯科医に質問して、自分の歯列にどのような治療が必要なのかを十分把握したうえで治療に臨んで欲しいですね。 【取材協力弁護士】 本田豊 弁護士  NTS総合弁護士法人所属。歯科医療法務に従事する傍ら、大手債権回収会社のグループで債権回収にも従事。 吉村薫 弁護士  弁護士法人霞門法律事務所所属。歯科医療法務の他、企業法務から一般民事まで幅広い領域の事件を手がける。 <取材・文/HBO編集部>
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