「わきまえない障がい者」を叩く人たちが抱く「自由への恐怖」

「自由」への恐怖

 もう亡くなってしまった筆者の友人は、かつてこうした「社会」をわきまえていない者を攻撃する現象を「「自由」への恐怖」という言葉で表現した。私たちは、その内容に納得しようがしまいが既存の社会ルールに従い、いろいろなことに我慢しながら生きている。それは私たちがそのような訓練を受けて成長したからである以上に、何よりそれが私たちにとって「賢明」なことだと知っているからだ。  理不尽に対して無駄に1人だけ抵抗してみたところで、結局は無駄であり、自分が損するだけだということを私たちは知っている。日々コロナ患者が増えているのに、会社はリモートワークを許さず、満員電車での出勤を強いている。そもそも仕事をしたくない。会社に行きたくない。かといって会社を辞めてしまえば、それは自分の明日からの収入源が絶たれるだけなので「賢明」ではない。だから今日も会社に行く。  しかし、私たちには根源的な「自由」がある。いかに「賢明」な判断ではないと分かっていたとしても、私たちはそれをやろうと思えばできてしまうし、やってしまうかもしれない。サルトルがそれを「自由の刑」という言葉で表現したのは有名な話だ。崖の上にある岩は自ら崖の下に転がり落ちることはない。しかし崖の上に立つ人間は、自ら崖下にダイブする自由から逃れることはできない。だから人間は自由に恐怖する。  先ほど仕事に行った彼にも仕事を辞める自由から逃れることはできない。通勤途中でスマホを開けば、様々な「賢明」ではない人々の情報が載っている。アイスクリーム用の冷凍庫に入ったアルバイト。ゴミ箱に放り込んだ生魚を調理するアルバイト。マスクをしないで飛行機を止めたおじさん。学校を休んでデモ活動をするスウェーデンの環境活動家。文系の大学院に進学した人。危険な場所で取材を続けて軍事政権に捕まったジャーナリスト。エレベーターのない無人駅で降りようとする障碍者……。いくらこうはなるまいと彼がかたく決意しても、気がついたら次の駅で途中下車して公園に段ボールを敷いて一日中寝転んでいるかもしれない。それが人間は「自由」ということなのだ。  しかし、あらゆる人間が「自由」に振る舞ったら社会は成り立たない。だからこそ、このような振る舞いは過剰なまでに徹底的に叩かれる。だが社会を変革する契機は、この「賢明」ではない自由な行為からしか生まれないのもまた事実なのだ。

「賢明」さに欠けた行為のその先にあるもの

 人間の根源的な「自由」の結果から生まれた行為の評価は、歴史によって下されるしかない。キリストもブッダも、その教えが世界宗教に発展していなかったら、自分の我儘で家族を捨てた迷惑な男にすぎなかったかもしれない。公民権運動が成功していなかったらローザ・パークスはただの「わきまえない黒人」だっただろう。  そして現在なされた「賢明」ではないが「自由」な行為についても同様に、未来の視点から考える必要がある。当たり前のようにゴミ箱の生魚を調理する未来や、疫病が蔓延しているのに誰もマスクをつけないのが当然の未来については、ちょっと想像したくはない。しかし、どの公共施設にも当たり前のようにバリアフリー設備が完備されている未来については、我々は想像することができる。その未来の視点に立つとき、どの車椅子ユーザーもバリアなく自由に行動できるようにするべき、という当たり前の主張をした人間に対して激しく反発する人々は、どのように映って見えるだろうか。  「わきまえない人間」が一人現れたとしても、世の中はただちによくはならない。バリアフリーが障碍者に対する「恩恵」であるという誤謬を社会が乗り越えて、エレベーターが全ての駅に設置されるようになるのは、当分先の話だろう。しかし、世の中が動き出さない限り、「わきまえない人間」は何度でも現れ出るだろう。 <文/藤崎剛人>
ふじさきまさと●非常勤講師&ブロガー。ドイツ思想史/公法学。ブログ:過ぎ去ろうとしない過去 note:hokusyu Twitter ID:@hokusyu82
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