極めて醜悪な「令和の公共事業」の正体<著述家・菅野完>

腐敗が進む「令和の公共事業」

 確かに、全国各地に菅野留次郎的人物が跳梁跋扈する土建公共事業を中心とした利権政治の体制は、否定されるべきだろう。公金の使途を受けるものが公金の分配を決定することなどあっていいはずがない。小泉純一郎以降の自民党の権力基盤が、こうした側面から卒業しえたのであれば、それは慶祝すべきことだ。  しかし、公金の使途を受ける土建屋の社長本人が、公金の使途を決める議会に容喙するこの利権構造は、癒着であり利権ではあるものの、決して、「税金の無駄遣い」を産んでいるわけではないという点には最大限の注意が必要だろう。いやむしろ、行政と議会の関係、あるいは財政民主主義という観点からは、極めて健全であったとさえ言える側面すらある。土建屋政治家が土建公共事業の予算配分の議論をするのだ。それはすなわち、行政の出す予算案の議論に携わる人々がみな、行政の出す見積資料を読む能力のある人々ばかりだということである。つまり、その工事がどのような内容であり、どの工法でなされ、どれぐらいの期間がかかり、どれほどの金額が必要か、見積書の内容がわかる人々が予算議論に参加していたのだ。行政の誤魔化しやミスが通用する余地などあろうはずがない。  106兆円。先だって成立した今年度の政府一般予算の総額である。コロナ禍で編成された初の予算であり、各省庁がそれぞれコロナ対策の予算を要求している。それを積み上げた結果、一般予算総額が過去最大の規模となったのは当然だと言えるだろう。  今年度予算の特色は、菅内閣の目玉の一つが「デジタル庁の創立」であることもあり、各省庁とも、いわゆる「行政のIT化」に向けたIT投資をふんだんに盛り込んでいる点にある。例えばコロナ対策の本丸の施策でも、濃厚接触感知アプリ、PCR検査結果のデーターベースシステム、ワクチン接種の進捗管理システム、病院・療養施設の空き病床管理システムなどなど、数多くのアプリ開発・システム開発の予算が積み上げられている。ありとあらゆる省庁がそれぞれの分野で「AI連携」「DX推進」などという美辞麗句を散りばめて、システム開発予算を財務省に要求している。その様子は、システム開発予算があたかも「令和の公共事業」となったかのようだ。  しかし、令和の公共事業であるシステム開発予算が、昭和の公共事業のインフラ予算とは、大きく違うところがある。昭和の公共事業と違い、令和の公共事業には、政治の側にその要求予算の根拠となった見積資料を読む能力のある政治家がほとんどいないのだ。  与野党問わず700人以上いる国会議員の中に、IT関連予算の積算資料を読む能力のある人間は指折り数えても数人しかいない。地方議会に至っては、1700自治体を見渡しても、ほとんど壊滅状態と言っていい。さらに驚くべきことに、政府職員・自治体職員にも、その能力のある職員はほとんどいない。いてもその予算執行の対象であるシステムベンダーからの「出向」や「派遣」という形で在籍しているパターンがほとんどであり、昭和の公共事業華やかりし頃、どの役所にもいた、「生え抜きの現業のうるさ方」などほとんどいない。

誰一人としてベンダーのポンチ絵を精査できない

 予算の概算を書く人間も、その予算を審議する人間も、その予算の根拠となった技術的基盤がどれぐらいの値段のものなのか、どのような技術でどれほどの難易度のものなのか、市中価格はいかほどかなどという基礎知識がないまま、予算が要求され、審議されていく。誰かが、行政のペーパレス化、脱ハンコ、デジタルトランスフォーメーション、AIなどという美辞麗句を唱えれば、それに見合ったポンチ絵をシステムベンダーが書き、それがそのまま財務省に要求され、予算として議会に諮られる。そして可決された予算は、予算審議で用いられたポンチ絵を描いたベンダーに流れていく……。  実態としては、システムベンダーが提出した内容がそのまま右から左へと流れ、同じシステムベンダーに金が落ちていくだけのことだ。  確かに、政界は〝清潔〟にはなったのかもしれない。昭和の公共事業のように、予算の使途を受ける当事者や利害関係者が実際に議席に座って予算を配分するという〝不潔さ〟はなくなったのかもしれない。しかし、令和の公共事業では、〝清潔〟なまま腐敗が進んでいる。そして誰も気づかないまま、動かないシステム、必要でないデーターベースに巨額の予算が注ぎ込まれ続けている。検査ではなく接触者管理という戦略を採用した我が国のコロナ対策にとって最終兵器であったはずの、濃厚接触者感知アプリ「COCOA」が全く機能していないなどという無様な様子を、政治家も官僚も指を咥えて見ているだけである。  今年度も数兆円規模の国家予算がドブに捨てられるかのように、令和の公共事業に消えた。そのツケを払わせられるのは、有権者・納税者であることを忘れてはならない。 <記事初出/月刊日本2021年5月号より>
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
1
2


月刊日本2021年5月号

【特集】主権を失った日本
【特別対談】徹底討論 選択的夫婦別姓
【海外情勢分析】ミャンマー
『宗教問題』編集長 小川寛大
【東京五輪】


バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会