こうした知見は基礎科学にとっては重要ですが、懇親会や接待で相手が美味しいと思っているかどうか知りたいようなときにはやや力不足です。相手は「美味しい」と笑顔で言います。それは本音かも知れないし、建前かも知れません。愛想笑いという雑音が入った中での本音が知りたいのです。こうしたことを調べた研究がなかったので、私が代表を務める空気を読むを科学する研究所で実験してみました。
「美味しい」と評価を得ている飲み物X、「不味い」と評価を得ている飲み物Y、そして水を用意します。
実験参加者に3種の飲み物を飲んでもらい、全てに「美味しい」と笑顔で言ってもらいます。Xを飲んでいるときの実験参加者の表情は、真実の笑顔だと考えられます。
Yを飲んでいるときの実験参加者の表情は、不味さからくるネガティブ表情を笑顔で隠す必要があるため隠蔽化された笑顔だと考えられます。水を飲んでいるときの実験参加者の表情は、何の感情もない中で笑顔を繕う必要があるため偽装化された笑顔だと考えられます。実験結果は次の画像の通りです。A、B、Cのどれが美味しい飲み物Xを飲んでいるときの表情でしょうか。
全ての表情において、口角が引き上げられていますので、一応の笑顔は確認することが出来ます。しかし、目の周辺を見ますと、目尻にしわが寄っている表情があります。BとCです。そう、Aは不味い飲み物Yを飲んでいるときの表情です。
心から幸福が生じた結果である真の笑顔と作り笑いの違いは有名ですので、皆さんもご存じかも知れません。目が笑っていない、つまり、目尻にしわがない笑顔が作り笑いという説です。しかし、近年の自撮り文化のせいか目尻にしわのある作り笑いを出来る方が多く見受けられます。ではどう判断するかです。
笑顔の強度から判断するのも一手です。感情は強いほど表情に強く現れるからです。今回は、飲み物を飲むという味刺激に対する最初の反応、つまり、笑顔になる直前の表情から判断してみましょう。次の画像の通りです。
A‘は不味い味です。口角が引き下げられ、下唇は引き上げられるネガティブな表情をしています。
B’は眉が引き上げられ、目が見開き、唇はプレスされつつややすぼめられています。
C‘は唇がプレスされています。唇がプレスされる動きは、私たちが何らかの味を味わっているときの表情です。
このことからCは、どんな味かすぐさま判別できない状態、すなわち水ではないか、と考えられます。したがいまして、美味しい飲み物Xを飲んでいるときの表情はBです。
なお本実験は、試行回数が十分に多いわけではないため、一般化するにはさらなる実験を繰り返す必要があります。
しかし、この実験結果が一貫して生じることがわかれば、実際の懇親会や接待の席で、笑顔の相対的な違いや笑顔になる直前の表情を観ることで、相手が本当に美味しいと思っているかどうか推測することが出来そうです。
オンライン懇親会や接待があるこの機会にお相手を観察してみてはいかがでしょうか。
※本記事中の画像の権利は、株式会社空気を読むを科学する研究所に帰属します。無断転載を禁じます。
<文/清水建二>
<参考文献>
清水建二の微表情学第33回「美味しいか美味しくないかは、食べた相手の眉間にシワが寄った後の微表情でわかる」
山本隆『
美味の構造―なぜ「おいしい」のか』講談社選書メチェ 2001.
Danner L, Sidorkina L, Joechl M, Duerrshmid K. (2014). Make a face! Implicit and explicit measurement of facial expressions elicited by orange juices using face reading technology. Food Qual Preference 32:167–72.
Zeinstra GG, Koelen MA, Colindres D et al. (2009). Facial expressions in school-aged children are a good indicator of ‘dislikes’, but not of ‘likes’. Food Qual Pref 20:620–624.