英語を学ぶうえで、「多読」が有効だと言われることがある。しかし多読の目的と認知過程から考えると、多読が語彙を増やすのに有効だとは考えにくいという。
「誤解を招かないように言うと、『多読には意味がない』ということではありません。多読は大事です。多読が役に立つ用途はあるけれど、万能ではない、ということです。多読によって、情報をざっと斜めに読んで、テキストの内容を大づかみに把握する能力が身に付きます。その時には、細かい単語一語一語の意味を考えていたら情報を早く大づかみにすることはできない。だから、多読や速読というのは、自分のスキーマ、語彙を使いながら、情報を素早く汲み取るための練習なのです。」
語彙力を伸ばすためには、むしろ「熟読」の方が有効だという。
そして、英語学習をスポーツのコーチングにたとえ、英語を教える側にもこのように提案する。重要なのは「塩梅」だそう。
「スポーツのコーチングでは、選手の弱いところを見抜いて、そこを引き上げる、強いところはさらに伸ばす。それを診断して塩梅を見つけるのがコーチの役割だろうと思います。英語の学習もそれは同じで、いい塩梅は万人共通ではない。英語を教える人は、学習者に対して、その塩梅を診断して、アドバイスをしていただきたいなと考えています」
認知科学の学術的な研究成果を生かして、一般の英語学習者が持つ「なんで自分は英語ができないんだろう」という悩みに鮮やかに応え、さらには英語以外の外国語の学習や日本語の学習にも役立つと評判の一冊である。
今井むつみ
慶應義塾大学環境情報学部教授。専攻は認知科学、言語心理学、発達心理学。著書に『学びとは何か 探究人になるために』『ことばと思考』(岩波新書)『親子で育てる ことば力と思考力』(筑摩書房)『ことばの発達の謎を解く』ちくまプリマー新書など。共著に『クリエイティブ・ラーニング 創造社会の学びと教育 (リアリティ・プラス)』(慶應義塾大学出版会)『はじめての認知科学(「認知科学のススメ」シリーズ:1)』(新曜社)、共編著に『岩波講座 コミュニケーションの認知科学 1〜5』などがある。
<取材・文/福田慶太>
フリーの編集・ライター。編集した書籍に『夢みる名古屋』(現代書館)、『乙女たちが愛した抒情画家 蕗谷虹児』(新評論)、『α崩壊 現代アートはいかに原爆の記憶を表現しうるか』(現代書館)、『原子力都市』(以文社)などがある。