―― 総務官僚幹部の接待問題などを受けて、菅首相は再発防止のために国家公務員倫理法を徹底すると述べています。
郷原 それでは再発防止につながりません。国家公務員倫理法では利害関係者から供応接待を受けることなどが明確に禁止されており、国家公務員であれば誰でもそのことを知っています。しかし、それが歯止めになっていないからこそ、今回の不祥事が起こったのです。
先ほど述べたように、この問題の背景には、官僚が政治にすり寄り、政治に迎合していく構図があります。こうした事態を防ぐには、政治と官僚の間に「緩衝材」を入れるしかありません。
そこで重要になるのが顧問・コンプライアンス室長なのです。大臣から直接任命された顧問・コンプライアンス室長が、政治からも官僚からも独立した監視機能を果たすことで、初めてコンプライアンス問題の発生やその深刻化を防止することができるのです。
私が総務省顧問・コンプライアンス室長のころ、ICT(情報通信技術)に関する不適切な予算執行が発覚しました。民主党政権発足直後の第2次補正予算で、NPO法人などに対して60億円もの補助金交付を行ったという案件でした。
私たちはすぐに調査を開始し、弁護士やICTシステム専門家、公認会計士などの外部有識者で構成する「ICT補助金等調査・検討プロジェクトチーム」を立ち上げました。そして、不適切な予算執行の実態・問題を解明し、概算払いされていた補助金を大幅に減額しました。その後、調査結果に基づき、制度・運営に関する改善や職員の意識改革を提言しました。
この問題の原因も、総務官僚たちが政権の意向を過剰に忖度し、形だけの審査で杜撰極まりない補助金の採択をしてしまったことにありました。当時の民主党政権に不適切な予算を執行する意図はなかったと思いますが、総選挙で圧勝した民主党政権による肝いりの補助金事業だったため、総務省としては異を唱えることができなかったのでしょう。
現在でも多くの中央省庁にコンプライアンス室が設置されており、外部弁護士が室長に委嘱されているところもあります。しかし、そのほとんどが単なる内部通報の窓口としてしか機能していません。コンプライアンス機能をうまく働かせるには、大臣が直接、顧問・コンプライアンス室長を任命し、それ相応の権限を持たせなければなりません。
コンプライアンス室は専任として取り組むほどの仕事量がなく、非常勤にすると単なる通報窓口になってしまうという難しい問題もありますが、いかにコンプライアンス室の役割を拡大していけるかが不祥事を食い止める鍵になります。
―― 総務官僚たちの接待問題が刑事事件にまで発展する可能性はありますか。
郷原 刑法の定める贈収賄は、請託・便宜供与のない単純収賄も処罰の対象としています。そのため、接待が職務と関連性があり、社交的な儀礼の範囲内と言えない限り、賄賂と認められ、贈収賄罪が成立します。
それでは今回の問題はどうか。まず職務との関連性を見ると、菅正剛氏の勤める東北新社は総務省の許認可を受けて衛星放送を運営する会社で、彼らは会食の場で明らかに総務省の電波行政に関連する話をしていました。そのため、職務との関連性を否定することは難しいでしょう。
次に今回の接待が社交的な儀礼の範囲内かどうかを見ると、これを判断する上で一つの基準になるのは、接待額が国家公務員倫理法で報告を義務づけられている5000円を超えているかどうかです。総務官僚たちの接待総額は5000円を優に超えているので、とうてい社交的な儀礼の範囲内とは言えません。これらを踏まえれば、贈収賄罪の成立は否定できないと思います。
もっとも、贈収賄罪の成立要件を満たしているからといって、検察が実際に起訴に踏み切るかどうかは別の話です。過去の例からすると、20万円、30万円という金額では検察の起訴基準になりません。また、週刊文春の取材で詳細が明らかになっているのは昨年12月10日の接待だけで、他の接待の賄賂性は不明です。数万円の接待1回で贈収賄罪に問われた例は、これまで聞いたことがありません。
しかし、週刊文春の記事に基づいて告発がなされれば、検察捜査では過去の接待も問題にされるでしょう。それによって賄賂の金額が増える可能性もあります。仮に検察が不起訴処分にしても、国民から怒りの声が上がり、検察審査会への申し立てが行われるはずです。そうなれば、黒川弘務元検事長の賭け麻雀賭博事件のように起訴相当の議決が出ることは十分考えられます。
現在の世論の状況を見ると、この問題を裁判にかけることが良いかどうかはともかく、検察が不起訴処分にすることは受け入れられないと思います。検察が不起訴処分にすれば、国民の怒りは検察にも向かうはずです。安倍政権時代と同じように、この問題でも検察の対応が問われているのです。