今回の、菅首相の長男が登場する東北新社による総務官僚接待事件は、「
国家公務員倫理法」というめずらしい法律を一躍有名にした。
事実は「文春砲」が暴露してくれたが、
単純明白な贈収賄事件である。
総務副大臣、同大臣を歴任し、官房長官を経て首相になった菅氏が総務相時代に大臣政務秘書官として用いた長男が、首相と創業者が同郷の電波事業会社・東北新社に中途入社して、贈賄側の幹事役である。他方、収賄側は、菅氏に登用されて電波行政を司る総務省幹部達で、彼等が当然に首相の長男と顔見知りであることは隠しようもない。しかも、明らかに条件で劣るその会社に有利に総務省の権限が行使された事実がある。
これは、モリ・カケ・桜と同質の「
権力の私物化」であり、
犯罪である。
ところが、まず現役の官僚達は、国家公務員倫理法に従って、総務省内で懲戒処分を受け、「月給を一部放棄」させられて「謝っただけ」で、高級官僚で居続けられるようである。また東北新社の側も、関与した者達は、皆、社内で降格処分を受けて終わったようである。
しかし、これは、
「公務員が、その職務に関し賄賂(ex.接待供応、贈り物、タクシー・チケット)を収受し」(収賄、刑法197条)、業者は「賄賂を供与」(贈賄、同法198条)した関係である。
だから、本来、検察が動いて
贈収賄罪で立件されるべき事例であろう。
その点で、しばしば、贈収賄罪は50万円以上にならなければ立件されないという検察の「相場」があるなどと言われている。しかし、刑法の条文には金額の限度など明示されてはいない。つまり、金額の多寡にかかわらず、公務の公正性に関する信用が保護法益なのである。しかも、今回は首相の威を借りた贈収賄事件で、贈賄の金額はバレただけでも60万円を超えている。こういう場合にこそ
検察が働いて国家の信用を確保すべきである。そのために刑法の規定があるのではないか。
ところが、鳴り物入りで「国家公務員倫理法」が発動されただけで、主権者国民は騙されたかのように一件落着の様子である。しかし、それは当り前の懲戒処分が終っただけの事で、肝心な刑事処分が全く忘れられている。
思うに、かつての大蔵省や運輸省の接待疑獄の結果、大騒ぎして制定された「国家公務員倫理法」などという大袈裟な名称の、実はありふれた懲戒手続を改めて規定しただけのものが、まるで目隠しのようになって、刑法が見えない仕組が作られてしまっているのではないか。これでは汚職役人を「赦免」する奇妙なからくりである。
<文/小林節 記事初出/
月刊日本2021年4月号より>
こばやしせつ●法学博士、弁護士。都立新宿高を経て慶應義塾大学法学部卒。ハーバード大法科大学院の客員研究員などを経て慶大教授。現在は名誉教授。著書に『
【決定版】白熱講義! 憲法改正 』(ワニ文庫)など