『シン・エヴァンゲリオン劇場版』はいかに「オタクの呪縛」と向き合ったのか<ネタバレ注意>

「アニメと現実は地続きである」というメッセージ

 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の終盤では、これまでの『エヴァンゲリオン』シリーズのタイトルが投影されたり、アニメが絵コンテや下書きになるといった、メタフィクション的な演出があった。  実写映像をもって「これはアニメなんですよ」と示す演出は、『新世紀エヴァンゲリオン 劇場版Air/まごころを、君に』でも同様にあったが、そちらがほぼほぼ受け手への悪意としても読み取れるものであったのに対し、この『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のラストは、とても「優しい」ものへと変わったと言っていいだろう。  何しろ、「アニメ」として描かれたシンジとマリが、「実写」である外へと共に駆け出していくのだから。これはつまり、「アニメと現実は地続きである」というメッセージだ。アニメで得た感動(マリ)は現実に持ち帰って良いし、レイとアスカから卒業したとしても、彼女たちが「好きだった」気持ちも大切にして良いし、それでこそ現実もまた彩り豊かなものになるのだから……そんな結末に思えたのだ。  また、『エヴァンゲリオン』の劇中にはよく電車というモチーフが登場し、テレビアニメ版の4話および『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』では、シンジは「現実逃避」の目的で電車に乗ってミサトの元を離れていた。今回の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でシンジが電車に乗らず、マリと共に駅の外へと出ていくというのは、やはり「現実逃避をしない(現実を生きる)」ことのメタファーだろう。  また、マリのフルネームは真希波・マリ・イラストリアスであり、綾波レイ、式波・アスカ・ラングレー(新劇場版から、苗字が惣流から変わっている)と同じく名前に「波」が入っている。新たなヒロインと共に実写(現実)の世界へ旅立つというラストながら、「マリもまたレイやアスカと同じくアニメのヒロインなんだよ」というシニカルな視点もあり、現実とアニメを分断せずに「どちらもある世界」を描いているのが、面白い。  そして、最後に実写として映し出されたのは山口県の宇部新川駅であり、庵野監督の出身地も山口県宇部市である。この場所に戻ってきたということは、庵野監督の作家としての原点がここにあるという訴え、つまりは「原点回帰」でもあるのだろう。

『監督不行届』の言葉を読んでわかる「妻の安野モヨコへのラブレター」

 庵野秀明監督は、オタク文化に多大な影響を与えたアニメ作品を数多く世に送りだした作家でありながら、その作品に耽溺してしまうこと、もっと言えば現実逃避をしてしまうことに対して危機感を持っている作家である、ということが重要だ。  そのことがわかる一例が、2005年に単行本化された、妻の安野モヨコ作のコミックエッセイ『監督不行届』に収録されている庵野監督の言葉にもある。  ここで、庵野監督は「嫁さんのマンガのすごいところは、マンガを現実からの逃避場所にしていないこと」「読んでくれた人が内側にこもるんじゃなくて、外側に出て行動したくなる、そういった力が湧いてくるマンガなんです」と妻の作品を褒め称えており、その上で「現実に対処して他人の中で生きていくためのマンガなんです」「『エヴァ』で自分が最後までできなかったことが、嫁さんのマンガでは実現されていたんです」とまで、その衝撃を語っている。  前述した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の結末は、明らかにこの「外(現実)に出て行動したくなる力を持つ妻の安野モヨコの作品」に触発されたものであり、これまでの『エヴァンゲリオン』シリーズでは十分になし得なかった、「アニメと現実との折り合い方」にも1つの決着をつけたものだ。  庵野監督は、自身の作品を「他人の中で生きていくためのもの」として完成へ導いてくれた、妻の安野モヨコおよびその作品への感謝を、間違いなく『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に込めている。劇中で『シュガシュガルーン』のポスターや『オチビサン』の絵本などの安野モヨコ作品が出てくることが、その何よりの証拠だ。  その『監督不行届』は、庵野監督自身がオタクだからこその、夫婦生活の面倒くささを、(フィクションも交えているそうだが)面白おかしく赤裸々に綴った内容だ。それでいて、庵野監督は同書の内容について「幻想としてのオタク像ではなく、真実の姿を分相応に示していることが好き」とも語っていた。そんな等身大のオタクの自分を愛してくれる妻への感謝を、ある種のラブレターとして表現したのがこの『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でもあるのだろう。  ともすれば、最後にシンジとくっつくマリ=安野モヨコとも解釈もできるし、アニメの2人が仲良く外に駆け出していくラストは「オタクのままで現実で生きているカップルってすっごく楽しいよ!」という庵野監督の「のろけ」にさえ思えてくる。同時に、ネガティブなイメージも持たれがちなオタクたちを、「その作品が好きな気持ちは、そのまま現実を生きる力にもなるんだよ」と応援してくれるようでもあった。
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コミュニケーションの先にあった「贖罪」
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