この10年間、原発を巡るウソに晒されて育った子供たち

報道を信頼できずに育った第二世代

 この子どもたちは、無邪気な幼年時代を早々に切り上げてしまうことになりました。と同時に、彼女たちは、物事の真贋を見きわめるための冷徹な批評的態度をもつことになります。なにごとも鵜呑みにすることはできないのです。  私のような中高年世代は、政府や新聞やテレビをあるていど信頼できた時代を知っています。完全に報道を信じきっているわけではないけれども、めちゃくちゃな嘘を言うことはないだろうと、あるていど信用していました。  しかし、避難者の第二世代は、そうではありません。彼女たちは物心がつきはじめたころから、テレビがあからさまな嘘を垂れ流すさまを見て育ってきたのです。ある特定の特殊な政治家が嘘の答弁を繰り返していた、というのではありません。政治家も政党も、報道機関も、学者も、嘘の共犯関係に呑み込まれてしまって、福島県が復興できるなどという途方もない空手形を信じたふりをしているのです。  しかもこの嘘は、純粋な願望ではなくて、金銭の絡んだ嘘です。被害者への補償を打ち切り、賠償金額を圧縮し、原子力事業のバックエンド費用を圧縮するために、放射能安全論を繰り返し説いてきたわけです。こういうやりかたと構造を、避難者の第二世代は冷徹な目で見ています。そして無邪気でない彼女たちは、大学に進学し、議論に加わる力をつけていきます。

これからの世代が原発を問い直す

 私の娘の前で「リスクーベネフィット論」を開陳してみてください。瞬殺ですよ。誰のベネフィットのために誰がリスクを負わされることになったか、具体的な経験にもとづいて論点を整理しなおすでしょう。これは、私の娘が特別に優秀であるということではなくて、一般的な現象としてあらわれてくるということです。  原子力公害事件から10年たって、当時生まれた子どもたちは現在小学4年生になっています。これからこの第二世代が成長し、力をつけ、私たちの世代とは違った視点で福島の事件を問題にしていくでしょう。のんびりと事件を振り返っている余裕などありませんし、「検証する」などと上段に構えているのも間違いです。これから私たちは、検証される対象になるのです。 <文/矢部史郎>
愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。
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