まだ終わらない「森発言」問題。「わきまえ」を女性に求めることの弊害とは

女性蔑視発言をした森喜朗東京オリンピック・ パラリンピック組織委員会前会長

(Photo by Kim Kyung-Hoon – Pool/Getty Images)

 女性蔑視と批判を浴びた森喜朗氏の発言問題は、同氏が東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長を辞し、橋本聖子・五輪担当相が会長に就任したことで収束したかに見える。橋本氏の後任は丸川珠代・男女共同参画担当相の兼務となり、小池百合子都知事も加えた女性政治家のそろい踏みとなり、同組織委の女性理事の4割引き上げも打ち出されている。  だが、森発言問題はこれで終わったわけではない。そこで露呈した「わきまえた女性なら登用する」という政界の発想は、山田真貴子・内閣広報官問題や、コロナ禍の下の「女性不況」の深刻化をも生み、真の女性活躍を必要とする今後の日本経済の火種にもなりかねないからだ。

「登用」という対策の限界

 「森発言問題」では「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」とした部分が注目され、女性の登用を否定したことに女性たちの反発が向けられたとされることが多い。だが、そこではもう一つの重要な面が見落とされている。ツィッターでの「#わきまえない女」の投稿の広がりに見られるように、その反発はむしろ、下記の発言に見られるような「男性の都合に合わせ、わきまえた女性だけを選別登用する」という姿勢にも向けられていたからだ。 「私どもの組織委にも女性は何人いる? 7人くらいかな。みんなわきまえておられる。みんな競技団体からのご出身、また国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。お話もきちっと的を射ており、欠員があればすぐ女性を選ぼうとなる」(2021年2月3日付「毎日新聞」の森発言全文から)  「わきまえる」は「物事の違いを見分ける」(デジタル大辞林)という意味だ。上記の森発言は「発言していいか悪いかを見分けることができ、開催者の意図をくみ取れる(つまり忖度できる)女性については登用している(それができない場合は登用しない)」ということになる。つまり、「わきまえ」を踏み絵に、多数派の男性が女性を選別・排除していいと受け取られかねない姿勢が問われていた。  森発言問題が解決したと言えないのは、こうした姿勢が政権内でも引き続き散見されるからだ。  たとえば、自民党の二階俊博幹事長は2月16日の役員連絡会で、党所属の女性国会議員を5人程度ずつ、党の幹部会議に発言権のないオブザーバーとして出席してもらうことを提案した。これについて、同党の女性議員やネット上で「女性の発言権を認めないのか」という批判が相次ぎ、22日、意見交換会の場を設けることへ方針転換した。  また、総務省接待問題で7万4千円の接待を受けたとする山田真貴子内閣広報官についても、菅義偉首相は「女性の広報官として期待しているのでそのまま専念してほしい」と記者団に語った(2月24日付朝日新聞)。だが、その山田広報官は3月1日、一転して健康上の問題を理由に辞職するに至った。  また、女性の参画をアピールして五輪相兼務となった丸川・男女共同参画担当相も、選択的夫婦別姓への反対を呼びかける自民有志議員の意見書(1月30日付)に名を連ねていたことが報じられ、「女性の登用」だけでジェンダー差別批判をかわそうとする姿勢の限界を示す形になった。

「学習性無力感」の増大

 社会の意思決定に大きな力を持つ公人によるこれらの姿勢は、企業や家庭での自分たちの待遇に声を上げるより、わきまえて現状に適応しようとする方向へと女性を抑え込む作用をもたらしてきた。実際、今回の件では、女性の一部から「批判は正論かもしれないが、ヒステリック、過剰反応とされて共感を得られにくい」という声を聞いた。直言するより空気を読んで「共感」を得るべきだとする「わきまえの刷り込み」の成果といえる。  そんな土壌は、森発言に代表される公人男性による性差別発言が、再三にわたって繰り返されることで形成されてきた。  「石原都知事の女性差別発言を許さず、公人による性差別をなくす会(略称、公人の性差別をなくす会)」のサイトには、1999年から2016年の間の政治家らによる性差別発言リストが掲載されている。  その数は、2003年の森氏による「子供を沢山作った女性が、将来国がご苦労様でしたといって、面倒を見るのが本来の福祉です」発言を含め、約20件に上る。  2019年にも麻生太郎・財務相兼副大臣が、少子高齢化の責任は高齢者ではなく「子どもを産まなかったほう(つまり女性)が問題」と発言、市民団体「公的発言におけるジェンダー差別を許さない会」主催のネット投票でワースト1位に選ばれている。森発言は、女性たちをそうした状況に置いてきた「わきまえ」文化の象徴として、批判を浴びたといえる。しかも、それらのほとんどは、謝罪や撤回でやり過ごされ、その結果、ほとぼりが冷めるとまた繰り返される事態を生んできた。  これらがもたらした実害のひとつは、先の「過剰反応論」のような「学習性無力感」を女性たちにもたらしたことだ。  「学習性無力感」とは、米国の心理学者マーティン・セリグマンが1960年代に発表した心理学理論で、努力を重ねても望む結果が得られない経験や状況が続くと、人は何をしても無意味だと思うようになり、そこから脱する努力を行わなくなることだ。根本対策を避け、会長職のすげ替えなどでやりすごす今回の手法では、女性たちの「学習性無力感」を一段と強めることにもなりかねない。
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非正規女性の「わきまえ」と正規女性の疲弊
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