ロシアでは上映禁止に! ソ連全体主義を完全再現する狂気の映画プロジェクト『DAU. ナターシャ』 

© PHENOMEN FILMS

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 2月27日より、ドイツ・ウクライナ・イギリス・ロシア合作の映画『DAU. ナターシャ』が公開されている。  本作は、まずはその規格外の数字から示さなければいけないだろう。オーディション人数は39.2万人、主要キャストは400人、エキストラは1万人、衣装は4万着が用意され、1万2千平米もの超巨大セットを建設、その製作年数は15年にも及んでいるのだ。  とてつもない構想と高い芸術性が評価され銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞している一方で、あまりに過激なバイオレンスとエロティックな描写のため批評家から賛否両論の嵐を巻き起こし、本国ロシアでは上映禁止にされてしまった問題作でもある。  このような表面的な情報だけでも、「なんだこの映画は?」と困惑してしまう『DAU. ナターシャ』だが、実際の本編も実に奇妙な感覚を得られる、またとない映画体験ができる作品であった。さらなる具体的な特徴と魅力を記していこう。

映画という範疇を超えた壮大なプロジェクト

 規格外という言葉を超えて、もはや狂気という言葉が似合うのは、1938年~1968年における「ソ連全体主義」を現代に完全再現していることであり、実際に参加者たちが本当に「その場所で暮らしていた」ということだろう。  廃墟となったプールの敷地内に「物理工学研究所」が建設され、 常時約200~300人の参加者がそのセットの中で働き、生活していた。服から台所用品、食べ物、言葉に至るまで、当時の物や習慣を再現し、通貨として使用されているのはソ連時代のルーブルで、当時の日付の新聞が毎日届けられるという徹底ぶりだ。
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 通常の時間と空間から隔離された参加者たちは、演じる役柄になりきってしまい、実際に愛し合い憎しみ合い、結婚や出産さえもしていたのだとか。さらに本物のノーベル賞受賞者、元ネオナチリーダーや元KGB職員なども参加し、実際の科学者たちは住みながら自分の実験を続けることができ、科学的発見や研究論文の発表もされていたという。  もはや、これは映画という範疇を超えた、壮大なプロジェクトだ。参加者たちが当時の生活を擬似体験しているおかげか、登場人物が演技をしているようには到底思えず、その「空気感」も含めて当時の記録映像をそのまま観ているような感覚さえ得る。少なくとも、この『DAU. ナターシャ』が、他の映画では絶対にない、言語化が不可能なほどの奇妙な映画体験ができる作品であることは間違いないだろう。

ミニマムな物語で垣間見える「監視」や「圧力」

 そのような巨大規模のプロジェクトに対して、この『DAU. ナターシャ』で描かれる物語は非常にミニマムなものだ。「食堂で働くウェイトレスが、研究所に滞在していたフランス人科学者と肉体関係を結び、そのせいで国家保安委員会から目をつけられてしまう」と簡潔に説明もできてしまう。
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 1つ1つのシーンがとても長く撮られており、そのほとんどが何気ない会話劇で、カットをなかなか割らないこともある。上映時間は2時間19分と、物語の起伏の少なさからすれば長尺だ。ともすれば退屈に感じてしまいそうであるが、実際は次に何が起こるのかが判然としない、良い意味での居心地の悪さ、緊張感が続くため飽きることはないだろう。  その理由は、「独裁の圧制のもとで暮らし、(ソ連の)全体主義的な価値観がまかり通る世界での普通の人の日常がまざまざと描かれている」ためだろう。主人公のナターシャは、権力を持つ男たちと談合したり、言葉が通じなくても意気投合した科学者とセックスをする。その合間に、何やら研究所で怪しげな実験が行われているシーンも挟まれ、そして終盤には尋常ではない「尋問シーン」も描かれることになる。平和に日常を過ごしているようでも、どこかに「監視」や「圧力」が垣間見られるようになっているのだ。
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苦しい時代の普通の人の日常を切り取る
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