貧しい白人を描いた『ヒルビリー・エレジー』は、本当に「トランプ支持者の物語」なのか

共和党支持者を描いている?

 そうだとしても、やはりこの作品からトランプが支持された理由を読み取ることは難しい。たとえば映画の中では、貧しい白人たちの矛先がマイノリティに向かう描写はない。そもそもマイノリティが登場する機会が少ない。ヴァンスの恋人はインド系であり、母親の何度目かの男が日系であるが、事実としてそうだから以上の意味を持っていない。徹底的に白人だけで物語が完結しているところをどう見るかだが、たとえばそれを白人マジョリティが持つ正しきアメリカの像と捉え、マイノリティの尊重を攻撃するトランプの支持に繋がったと結びつけるのは、映画の評価としてはやりすぎだろう。  原作エッセイの中では、彼の周囲にいる大人たちの宗教右派的な信仰心の強さが書かれている。しかし共和党との関係が示唆されるのは唯一これぐらいなのだ。ヴァンスに多大な影響を与えた祖母については、産業の空洞化に無策な民主党に不満はあれど、それでも生涯を通して民主党支持者だったと書かれている。

なぜトランプ神話にこだわるのか?

 大統領選挙についての各種統計によれば、トランプは確かに白人男性の支持が多い。一方で有権者の生活水準については、貧困層よりもむしろ富裕層に支持されていたことが明らかになっている。取り残された地方の低学歴白人労働者たちの不満のはけ口がトランプの大統領当選を生んだという神話がある。『ヒルビリー・エレジー』は確かに、その神話に出てくる典型的な白人たちが登場する。だが、そこで描かれる物語は、単純化された神話よりもはるかに複雑な問題を含んでいる。この映画はアイデンティティの物語であり、保守的な白人家庭のミリューを過度に美化しているという批判は不当ではないと思う。しかしトランプ支持者の物語ではない。  そしてこのことは、映画を一度でも見れば明らかに理解できるはずだ。にも関わらず『ヒルビリー・エレジー』がトランプと結びつけられるのはなぜか。ひとつには配給会社や出版会社の宣伝戦略もあるだろうが、マジョリティ白人の怨嗟という単純なトランプ神話を語って何か分かった気になっているような人がそれだけ多いということなのかもしれない。  これからこの映画を観たり本を読んだりする人は、そうした先入観なく、まずは『郷愁の哀歌』という日本語版サブタイトルそのままに、故郷と家族の物語として鑑賞することをおすすめしたい。 <文/藤崎剛人>
ふじさきまさと●非常勤講師&ブロガー。ドイツ思想史/公法学。ブログ:過ぎ去ろうとしない過去 note:hokusyu Twitter ID:@hokusyu82
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