陳腐過ぎる日本国憲法デマのオンパレード。『百田尚樹の日本国憲法』を読んでみた

手垢の付いた「GHQ洗脳説」

 さらに百田氏は、ホイットニーの「天皇が処刑になるぞ」という言葉を引用してコレを恫喝だと訴えますが、しかしこれは事実であり、天皇の戦争責任を厳しくソ連や中国が追及する姿勢を取っていたので、憲法を民主的に変える必要性があり、それを恫喝と感じる意味も分かりません。  保守は、日本の歴史の象徴である天皇が処刑される姿を見たかったのでしょうか? 百田尚樹氏こそ真っ先に、不敬罪を適用すべき人間ではないかと思いました。  さらに百田氏は、「百田尚樹の日本国憲法」の中で、毎度保守の人々が口を揃えて主張する「GHQによって日本人が洗脳された」説を力強く主張していきます。 “1945年11月、NHKラジオで「真相はこうだ」という番組が始まります。これは、大東亜戦争中の政府や軍の腐敗・非道を描くドラマで、それを聞いた国民の多くは当時の政府要人や軍人に対して反感を抱き、戦前日本は悪い国だったと思うようになりました” (P177)  これも保守の方々が大好きな「日本人がGHQに洗脳された」説ですが、これは全く根拠が脆弱な主張です。少なくとも私が調べた限り、日本人が自虐史観を「GHQの「真相はこうだ」」によって植え付けられた事実は見当たりません。  その証拠に、当時NHKの「真相はこうだ」の放送を担当者、春日由三の自伝『体験的放送論』(日本放送出版協会)を例に挙げます、この本には当時のGHQの番組「真相はこうだ」を聞いた日本人の反応が率直にこう語られています。  以下抜粋。 “真珠湾攻撃の日の翌日に、このいまいましい番組をスタートすると、はたせるかな、批判、非難、攻撃の手紙がみるみるうちに私のデスクに山積みし、抗議の電話が鳴りやまない、という事態に追いつめられることになった”(「体験的放送論」P271)

むしろ屈強な愛国心で洗脳に打ち勝っていた当時の日本人

 なんと百田氏の主張する番組「真相はこうだ」は当時の日本人から「抗議」が殺到していたのです。しかも、春日由三は、本の中で、こう回顧しています。 “そんなこんなで、この番組は文字通り悪評のうちに翌二十一年二月に一応終止符がうたれ、その後は題名も内容も変えて、ほそぼそと命脈を保つ(二十三年まで)だけになってしまった” (「体験的放送論」P272)  なんとこの「真相はこうだ」は不評のうちに幕を閉じたのだと言います。さらに春日氏は当時の状況を振り返り、 “あの敗戦ボケの時代に、この番組に対する視聴者の抵抗が予想以上にはげしく大きかったのをみて、私は日本人の愛国心といったようなものに、たのもしさをおぼえたことを記憶している” (「体験的放送論」P273)と回顧しているのです。  このように春日氏によると当時「真相はこうだ」を聞いた日本人は百田氏の主張する様に洗脳されておらず、むしろ逆に、屈強な愛国心で「洗脳に打ち勝った」と誇ってすらいるのです。これでは右派の言っている事と全く逆です。  しかし百田氏は、日本の自虐史観が「人工的」であると主張する為に、その後の「戦犯赦免のための署名」をした日本人には、洗脳されず、下の世代から洗脳されていった、という何とも苦しい主張をせざるを得ないのです。この論理も無茶苦茶です。  もし日本人が、そのGHQの情報戦によって単純に洗脳されたと捉えるのであれば、その前の世代の戦犯に対する赦免活動も、全て日本軍が軍事目的を達成するために行われた洗脳の結果と捉えるべきです。  それでは、次回さらにこの本を読み進めていきましょう。 <文/ドリー>
本名・秋田俊太郎。1990年、岡山県生まれ。ブログ「埋没地蔵の館」において、ビジネス書から文芸作品まで独自の視点から書評を展開中。同ブログを経て、amazonに投稿した『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』レビューが話題となる。著書に、村上春樹長編13作品を独自解釈で評論した『村上春樹いじり』(三五館)がある。ツイッター:@0106syuntaro
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