お上の意向に逆らうから「反発」? 記者の無意識のバイアスを問い直す

「反発」は記者が評価に踏み込まないための表現?

 「反発」という言葉は、「反論」「批判」「抗議」「疑問視」などの言葉に比べて、そのような行動に出た根拠にあえて目を向けない表現だ。そのような表現を用いるのは、「反発」している者の行動の是非や正当性をあえて問わないため、という仮説もなりたつだろう。報道が公正中立を守り、特定の勢力に加担しないためだ、と。  しかし、もしそうであるなら、首相についても「色をなして反論」と言わず「反発」というべきだ。だが、野党や世論に対して、「首相は反発」とか「官邸は反発」とか「政権は反発」などと報じる例は、見かけない。……と書こうとしていたら、見つけた。次の例だ。 ●森友学園への国有地売却、参院委で追及(朝日新聞、2017年3月2日)  南彰記者と三輪さち子記者によるこの記事では、次のように安倍晋三首相(当時)について、「反発」という言葉が使われている。 “――野党側は、名誉校長だった首相の妻昭恵氏の影響力を例示し、同学園の「広告塔」と表現した。首相は反発した。  小池氏 首相夫人は籠池氏といつから知り合いで何度会っているのか。  首相 いつか分かりませんよ。妻は私人なんです。妻をまるで犯罪者扱いするのは不愉快ですよ。  小池氏 犯罪者扱いなんてしていない。言葉を撤回して下さい。  首相 そういう印象を受けた。尋問調におっしゃるから。“  この時の安倍首相のように、感情的に相手を理もなく非難する、こういう反応は「反発」と表現するのにふさわしく思える。  他方で、いくら野党議員が感情を押さえて論理的に問題を指摘しても、それを「野党は反発」と表現するのはおかしいし、政府与党が強引に議事進行したり法案を強行採決したりしようとするのに抗議する野党の動きを「野党は反発」と表現するのもおかしい。  そのように「野党は反発」という表現を用いることは、中立にとどまり、敢えて評価に踏み込まないための表現であるというより、野党の側に理があることに敢えて目を向けないための表現であるように見える。  なぜなら、野党の批判や抗議行動に対しては、「かみついた」「いらだちをぶつけた」などという感情的な表現が平気で使われるからだ。 “従来通りの答弁に枝野氏がかみついた。「連日おっしゃっている。2カ月前からおっしゃっていることの繰り返しなんですよ」” ●(時時刻刻)首相、変えず・答えず・認めず 増えぬ検査、与党も苦言 衆院予算委(朝日新聞2020年4月29日) “言葉ばかりの反省に「何をしにここに来られた」「相変わらず変わっていない」といらだちをぶつけた辻元氏。” ●「桜」疑惑 安倍氏国会質疑(東京新聞、2020年12月26日) (筆者の記事で紹介したもの)  野党は、「かみついて」「反発」する。それに対して政府は「反論」し、もしくは「かわす」。そういう政治報道の言葉遣いには、政権寄りのバイアスがかかっているように見える。

「反発」するのは、感情的な人たち?

 「いや、実際、野党の反応は感情的だし」と思う人もいるかもしれない。では、これはどうだろう。 ●五輪の理念どこへ…森氏辞任求めネット署名、広がる反発:朝日新聞デジタル(2021年2月5日) “東京オリンピック(五輪)・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(83)の女性蔑視発言とその後の対応への反発が広がっている。森会長は発言を撤回、謝罪したが、個人を尊重し、差別を許さない五輪憲章に共感し、大会に関わってきた人たちからの批判はやまず、辞任を求める声も出ている。” 「いや、反発じゃないし。批判だし」と思わないだろうか。見出しは「広がる反発」と書かずに「批判広がる」と書けばいいし、本文も「反発が広がっている」と書かずに「批判が広がっている」と書けばいいのに、なぜ、そうしないのだろう。  一方、同じ問題を取り上げた毎日新聞は、「反発」ではなく「批判」という言葉を使っている。 ●クローズアップ 「女性蔑視」発言 「森氏辞任を」世論うねり ボランティア大量辞退/署名14万筆/スポンサー「遺憾」(毎日新聞、2021年2月10日) “東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)の女性蔑視発言とその後の対応への批判がやまない。” “市民による抗議も勢いを増す。”  こちらの方が、しっくりくるのではないか。
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言葉が変われば、受けとめも変わる
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『日本を壊した安倍政権』 2020年8月、突如幕を下ろした安倍政権。 安倍政権下で日本社会が被った影響とは?
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