政治報道の独特な言葉遣いを読み解く「#政治部日本語大辞典」

野党は「反発」、首相は「反論」?

 金田勝年委員長が時計を止めないまま30分ほどが経過するという異例の事態となった2月8日の衆議院予算委員会。その様子を速報で伝えていた朝日新聞の記事を見てみよう。 ●【速報中】答弁控える→退席→局長「首相長男とは毎年」(2021年2月8日朝日新聞デジタル) “衆院予算委は、菅義偉首相の長男ら衛星放送関連会社側と総務省幹部の会食問題をめぐり、質問していた立憲の議員らが反発し、第一委員室から退席した。  秋本芳徳・情報流通行政局長が、会食について同省から聴取を受けた回数などについて、調査中を理由に答えなかった。答弁を求める野党の理事らが委員長席に詰め寄り、「時計を止めて」と求めたが、金田勝年委員長(自民)は応じなかった。“ この事態に続く動きについては、 “衆院予算委を退席した同委野党理事の辻元清美氏(立憲)は記者団に、「質問に答えない総務省の対応」と「金田勝年委員長の運営」に抗議し、退席したと説明した。” と記されている。辻元議員が「抗議」を理由とした退席と説明しているのなら、「反発」ではなく「抗議」と書いてもよさそうなものだ。しかし、それに続く速報部分でも、 “立憲民主党が総務省局長の答弁と金田勝年委員長(自民)の議事運営に反発し、退席してから約1時間たった。” などと、「反発」という表現が使われ続けた。  野党がこれは「抗議」だと言っても、それを鵜呑みにせず、客観報道にとどまるためにあえて「反発」という言葉を用いているのだろうか。しかし同じ朝日新聞が、首相については、「反発」と記してもよさそうな事態に対し「反論」と記しているのは、どう見ればよいのだろうか。 “そのなかで首相が色をなして反論したのは、自らの「身内」に関わる新たな問題だった。「本人や家族などの名誉やプライバシーにも関わることだ」。野党議員の質問に、そんな苦言も呈した。” ●(時時刻刻)コロナ禍、政治不信増幅 総務省幹部に接待、首相長男も同席 衆院予算委](朝日新聞、2021年2月5日)  衛星放送関連会社に勤める菅首相の長男が総務省の幹部と会食し、会食費やタクシー代などを会社側が負担していたという事態は、事業に便宜を図ってもらうための「接待」の疑いが強い。そういう問題に対して、本人や家族の名誉やプライバシーを理由に答弁を拒否する菅首相の姿勢は、「色をなして」とも形容されているのだから、それこそ「反発」と表現してもよさそうだ。なのに、ここは「反論」なのだ。しかしこれは、「論」というほど、正当な「反論」なのだろうか? 「そのなかで首相が色をなして反論したのは、自らの『身内』に関わる新たな問題だった」とあるが、「自らの『身内』に関わる新たな問題を追及された首相は、強く反発」と書かないのは、なぜだろう。  また、この「会食」問題を追及した野党に対し、首相は「苦言を呈した」と記されているが、これは「苦言」なのだろうか? 「苦言」とは、「相手の良くない点について、あえてその人のために直接に述べる批判」(日本国語大辞典)だ。野党議員は、本来おこなってはならない無礼な質疑をおこなったのだろうか? 「苦言」という言葉をここに使うのは、おかしくないだろうか。

客観報道には程遠い政治報道の言葉遣い

 政治報道の言葉遣いに注目してみると、このようなおかしな言葉遣いがあふれていることに気付く。その点に注目したのが「#政治部日本語大辞典」だ。どうやら、政治報道の言葉遣いは、中立ではなく、政権寄りにバイアスがかかっている。  ちょうど国会は注目の予算委員会が開催中だ。多くの人は実際の国会質疑を見るのではなく、ニュースや新聞報道によって国会の状況を把握しているだろう。その言葉が政権寄りにバイアスがかかったものであるなら、報道の言葉遣いによって私たちが偏った印象を持ってしまいかねない。政府はまともに政権運営をしているのに、野党が感情的に引っ掻き回している、といったように。  そのように無意識のうちに印象操作されてしまわないためには、実際の野党の国会質疑を編集なしの映像で見てみることをお勧めしたい。テレビ中継されていなくても、衆議院と参議院がインターネット審議中継を行っており、録画でさかのぼって確認することもできる。立憲民主党などもYouTubeやツイキャスでリアルタイム中継をおこなっており、議員ごとの質疑もYouTubeにあげられている。  そうやって実際の国会審議を目にしてみたうえで、その様子を報じる報道を確認してみてほしい。政治報道の言葉遣いが「何か、おかしい」という印象は、より強くなるだろう。  政治報道の言葉遣いにこのように注目するのは、「報道なんか、あてにならない」と言いたいからではない。記者の方々を委縮させたり、冷笑・嘲笑・罵倒したりすることが目的でもない。報道には、適切に権力監視の役割を果たしていただきたいのだ。そのためには、私たちが、政治の報じ方に対し、より関心を持つことが必要だと思うのだ。 <文/上西充子>
Twitter ID:@mu0283 うえにしみつこ●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。また、『日本を壊した安倍政権』に共著者として参加、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』の解説、脚注を執筆している(ともに扶桑社)。単著『呪いの言葉の解きかた』(晶文社)、『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)ともに好評発売中。本サイト連載をまとめた新書『政治と報道 報道不信の根源』(扶桑社新書)も好評発売中
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『日本を壊した安倍政権』

2020年8月、突如幕を下ろした安倍政権。
安倍政権下で日本社会が被った影響とは?

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