ワクチン接種のマイナンバー制導入は却って混乱を招く? 他国の事例から見る

誰もが身分を問わず接種できるアメリカ

 そんななか筆者は、インターネットで「(個人識別番号のワクチン活用は)国が発行した識別番号をもって『我々だけ』の防疫を実現し、海外流入、外国人流入ばかり批判するようなもので、責任ある国のすることではない」と、全く違う観点からの指摘する投稿を目の当たりにした。  投稿者は30年ほど前より韓国からニューヨークに移住した高校教師のキム・スンウンさん。すでにモデルナ社のワクチンを1次接種している。  キムさんは「効率化のため個人識別番号を国が管理するという考え方には視野の狭さを感じる」と話す。 「まず多くのアメリカ人からしてみれば、なぜ日本人はそこまで敏感なのか理解できないという人が多いでしょう。アメリカでは日本より遥かに多くの感染者と死者を出していますが、動揺が少ないです」  キムさんによれば、米国のワクチン接種は原則として州の責任になるという。連邦政府はワクチンを州に配り、各州は州知事の責任で接種のルールを決めて実施する。 「例えば、連邦政府は65歳以下の危険度の高い職種の人への優先的接種をも勧めているが、ニューヨーク州はこれを拒否して、65歳以上の高齢者全員に行っています。州によって状況が異なるので感染拡大の度合いに合わせて州知事が行政を行います。  冬に入ってからニューヨークでは一日1万5千人までと一日の感染者が増加している中、集団免疫に向けて接種が進められています。接種場所は1200近くあるドラッグストアで、ネット (vaccinepod.nyc.gov) にアカウントを登録して日時を予約して家の近所のドラッグストアに行く流れです。  アカウントを登録するに必要な情報はメールアドレス、名前、生年月日、ニューヨーク市の住所や職場です。パソコンができない人のために電話登録をできますが、非常に長い待機時間を要します。予約当日になると本日の体調を聞くメールが届きます。熱がある場合は10日ほど遅らせることができます。接種現場に行くと身分証などを確認することなく打ってもらえます。  ここで重要なのは、この登録では身分を問われないということです。米国市民だろうが、永住者だろうが、不法滞在者だろうが、誰でも偽名を使い登録を行うこともできますし、この情報は連邦政府とは共有しないことを原則としています。例えば親戚に会いにニューヨークを短期訪問中の外国人も接種することができます。  やろうと思えば、65歳以下の人が嘘をついて打ってもらうこともできてしまう。それは個人の良心に任されています。しかも最新統計によれば、そもそも米国人の32%は未だ『順番が回ってきても打たない』と言っています」  そうなると、報じられたようなワクチン供給のトラブルが多発するのでは? 「確かに最初の接種開始から3週間くらい、供給が不安定で、ニューヨーク州700万人の対象者に対し、週30万人程度の接種が行われ滞った時期がありました。特に65歳以上の移民の人で手続きに慣れていない人が多くいました」  キムさんは2月中に2次接種を控えているが、その際1次接種の情報はどう扱われているのか尋ねてみた。 「1次接種が済んだら、2次接種のためのカードをもらいます。ここには名前、生年月日、ワクチンの種類とロット番号が記載されていて、2次接種が済んだらカードは廃棄されます。  全員に打つのが目的なら国や地方政府が『誰が接種したか』まで把握する必要がないし、個人の選択権でもありプライバシーでもあるからです」

番号での管理は、不法滞在の感染者を取りこぼすことになる

 しかし、身分を問わずに接種をすると不満を持つ人も現れるではないだろうか。再び、米国内に個人識別番号を求める声はないか、と問うたところ、このような返信が帰ってきた。 「ニューヨーク市に居住する人は国籍、そして合法非合法を問わず『住民』として分類されます。実際にワクチンが最も必要な人たちの中には不法滞在者など身分を明かしたくない人も多く含まれています。  さらに彼らは、対面労働に従事する人が多い。黒人とヒスパニック系の感染者比率はアジア系住民の5倍にも登るのも、彼らの多くがリモートワークのできない職種なのです。『不法移民にワクチン代の税金をケチるよりは、コミュニティの中で必要な人に先に回すべき』という共通認識が人々の中にあります。  むしろ国の管理は彼らにワクチンが回りづらくするので不必要な行政手続きを招いてしまうと考える人も多いです。アメリカは統一された身分証が存在しないし、大多数はそうしたものには絶対反対します」  ちなみに、キムさんにモデルナ社のワクチン接種以降の症状などについて尋ねてみた。 「ニューヨーク市では私を含め、殆どモデルナ社のワクチンを打っていますが、なんの副作用もありませんでした。インフルエンザ予防接種程度、もしくはそれよりも軽いです。ちなみに今までモデルナのワクチンで死んだ人はいません。(米国の)医者たちも非常に満足していると聞いています」  コロナ以前から個人識別番号が用いられている国なほど、素早い接種率を上げているが、地方分権やプライバシーの意識においては現状の日本では米国との類似性をも感じるのが正直な感想である。  ワクチン接種へのマイナンバー活用にはまだ議論の余地があるのではないだろうか。 <文/ヤン・ソンテク>
韓国出身の会社員兼フリーライター。高校時代にイギリス留学を経て、大学進学をきっかけに05年から東京に在住。
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