白人でも黒人でもない、アメリカ文化に秘められた「チカーノ音楽」の魅力とは

 メキシコ系アメリカ人、いわゆる「チカーノ」の音楽文化が日本の若者の間でも支持を集めつつあるという。その源流を探った、音楽文化学者のルーベン・モリーナ氏の著書『チカーノ・ソウル―アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』(サウザンブックス)が日本で翻訳出版された。その魅力について、訳者の宮田信氏に聞いた。

アメリカ南西部に広がる「チカーノ・ソウル」の音源や証言者

『チカーノ・ソウル―アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』(サウザンブックス)

『チカーノ・ソウル―アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』(サウザンブックス)

――出版の経緯はどのようなものだったのかお聞かせください宮田:この仕事(チカーノ/ラテン音楽などを日本に紹介する会社の運営)を20年やってきて、イーストLA、広くいえばロスアンジェルス含め、ラティーノらによる音楽についてしっかり書かれた本がほとんどないことに気づいた点がひとつあります。  2000年にルーベン・モリーナさんと知り合いになりました。ルーベンさんは強面で、いわゆるベテラーノ(いわゆる「ストリート」と呼ばれる近隣の事情に精通している年配者)といわれる方で、チカーノとソウル・ミュージックに関する本を1冊書いていました。私が出会った当時に着手していた本が本書『チカーノ・ソウル』だったのです。  2006年、ルーベンさんのテキサス州サンアントニオへの取材旅行に同行させてもらいました。その取材で、ものすごい量の音源があちこちにあることに気づいたのです。  バリオ(ラティーノが集住する区画・路地)の奥にあるマーケットに音源探しに入りこんだり、さまざまなレコード・コレクターや昔の音楽関係者に取材を進めたりしていきました。すると人が人を呼び、ルーベンさんに会いにくる当時の関係者がいたり、「昔の音源を持っているぞ」と持参して来る人がいたり、どこそこの誰に話を聞くとよいとか、各地の地元のチカーノたちがかつての話をしたいなどと集まってきたりしました。  LA、ニューメキシコ、エルパソなど、アメリカ南西部の広大な地域に音源や証言者が散らばっていることがわかりました。驚くことに、ボーダーランド周辺だけではなく、季節労働者として渡っていったミシガンなど北のほうにもチカーノ音楽シーンがあると気づきました。  チカーノたちが黒人音楽やロックンロールに憧れてつくったものすごい音楽シーンがあって、それをルーベンさんは「チカーノ・ソウル」と名づけたのです。これらの広がりは、LAのチカーノ音楽関係者にも知られていないのです。

厳しい状況の中で新しい価値を生み出した、音楽と文化

 そうした逸話に加えて、私はこの10数年の間にチカーノ音楽のミュージシャンを何組も日本に呼んできたこともあり、ギャングスタだけではない豊饒なチカーノ文化を日本の人たちに知らせる機が熟したという理由もあります。  アメリカ文化のなかのチカーノ、あるいはより広くラティーノの姿が日本では見えていないと思っていて、本書はそれらを知ってもらう重要な記録となると思いました。チカーノ・ソウル、チカーノ音楽は、音楽を超えたものだという意義を伝えたかったのです。そしてやるなら最高のものをつくろうと思ったわけです。 ――日本人の普通の感覚では、1950~1970年代にアメリカ南西部という広大な地域でメキシコ系と黒人系の音楽がごちゃ混ぜになった音楽、という程度にしか捉えられないと思います。しかしルーベンさんがさまざまな人や音源と会ってその現象を捉え、 アメリカの音楽史の中に位置づけようという使命感のようなものを感じます。「チカーノ・ソウル」という音楽現象の、アメリカ音楽における意味、あるいは位置づけをどのように考えますか。 宮田:当時の最先端で、トッぽいブラックミュージックをチカーノ自ら演奏しだしたのはいいですが、その裏に大きなストラグル(困難)もありました。どうやってメジャーになっていくのかという、レーベルやラジオ局フォーマットの問題などです。ラジオだとロックだけ、黒人音楽だけ、ラテンだけというように、局がかなり細分化されていました。  黒人音楽でも、ラテンやメキシコのスペイン語の音楽でもない、ふたつのフォーマットから外れた「見えない存在」だったのです。そうした見えざる「チカーノ・ソウル」という、現在までつながるひとつの音楽ジャンルが生まれる瞬間を本書は捉えていると思うのです。  やたらとファンキーなものや、ジェームズ・ブラウンそっくりの演奏をするバンドなど、いかに黒人音楽をリスペクトし憧れているかを表現するグループがあった一方で、スペイン語だけの曲をやるバンドもあり、どちらの側にもいけるという強み、ミックスできる強みが自らのアイデンティティーになるのです。  そうした新しい価値を、文化的にも社会的にも生み出していった音楽シーンだった。厳しい状況の中でまったく新しい価値を生み出していった音楽自体がロマンチックに見えますし、その文化も全体的にロマンチックです。甘ったるいのです。  すべてではないですが、超甘です(笑)。とにかく、ミックスされたマイナーなものがひとつのジャンルを確立していくという、とてもアメリカ的な文化現象だと思います。
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チカーノと日系人の音楽的交流
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