働き方の提案は“自己中心的”なの? 企業ファースト化する労働世界<労働裁判が働き手を素通りするとき>

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画像はイメージ(adobe stock)

 2020年12月8日、女性社員への処遇がマタハラかどうかをめぐって争われた一つの訴訟の上告が、最高裁で棄却された。東京都内の小さな語学学校運営会社を舞台にした裁判がこれほど脚光を浴びた理由は、本筋のマタハラへの関心以上に、高裁判決の衝撃性にあった。  女性団体や、マスメディア労組も含む全国の815もの団体から、高裁判決の見直しへ向け最高裁での弁論開始を求める署名が集まった。それが棄却で封じられたことは、今後の働く現場にどんな影響をもたらすのか。連載最終回は、これを検証しつつ、一連の判決の背景にあるものについて考えてみたい。

「仕事も子育ても」が阻まれる不安

 高裁判決文などによると、原告の女性は語学学校を運営する同社の正社員コーチで、2013年に出産した。育休明けが近づいても保育園が見つからず、「希望する場合は正社員への契約再変更が前提」とされていたことから、正社員に戻れる仕組みと考え、1年有期、週3日勤務の契約社員として復帰。1年後の契約満了時に雇い止めが通告された。  地裁は、正社員の地位は認めなかったが、会社の対応は問題ありとして不法行為を認め、雇止めも合理性なしと判断した。一方で高裁では、逆転敗訴となった。  高裁判決の見直しを求めて2020年5月に始まった団体署名が一気に集まったのは、まず、「仕事も子育てもできる社会」への大きな動きを押し戻すことになるのではという懸念からだった。  判決文などによると、原告女性は職場復帰の際、土日クラスの担当などを提案している。受講生の多い土日にまとめて働くことで勤務日数を減らせば両立しやすくなる、との趣旨だった。こうした原告の対応について、地裁判決は「柔軟な姿勢」と評価し、会社側については「働き方の多様性を甘受するかのような姿勢を標ぼうしつつ、(中略)これに誠実に向き合うどころか」「原告を批判・糾弾」した、と、その硬直性を批判している。  東京都労働委員会も2020年9月、原告女性との団体交渉での姿勢が不誠実だったなどとして会社側の不当労働行為を認定、社長名で不当労働行為を繰り返さない旨を明記した文書を組合と組合員(原告女性)に交付することを命じる救済命令を出し、現在、中央労働委員会に持ち込まれている。  一方、高裁判決は、土日クラスの提案について、「自己の都合のみを優先」したと批判し、「(子を持つ労働者の)就労可能性は、単に主観的な意思のみで判断されるものではない」と述べた。こうした判断では、子育て女性の側からの提案や対等な交渉は難しくなり、就労できるかどうかは会社の言いなりということになりかねない。これらが、「育児介護休業法」の「職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じて、これらの者の福祉の増進を図る」という理念の事実上の無視ではないかという危機感を高め、多数の団体署名につながった。

働き手が声を上げる手段の制限

 論議を呼んだもう一つの点は、会社側の発言の録音をめぐる判断だ。  マタハラにとどまらず、ハラスメント事件では、加害者の言動があったかどうかの立証を、被害にあった側がしなければならない。このため、録音は被害者側の重要な証拠になってきた。これについて地裁判決は、会社の機密漏洩を防ぐための録音禁止は合理的だが、今回はそれには当たらないとした。これに対し高裁判決は、執務室内での講師同士の自由な意見交換を妨げ「環境悪化」を招くとし、録音データをマスメディアに提供したことを問題視した。  録音を公開できなければ「証拠がない」とされ、働き手は主張の証明が難しくなる。  加えて、原告が提訴についての記者会見で「子を産んで戻ってきたら、人格を否定された」と発言したことなどについて、地裁では、感想や見解と判断したが、高裁では「事実ではない」と認定した上で、「事実でないことによる名誉棄損」として、55万円の賠償を言い渡した。  このような判断が拡大解釈されれば、報道機関は、働き手の主張について裏付けを取ることも、会見での意見表明の報道も難しくなる。日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が2020年2月17日付で「ハラスメント報道を妨げる高裁判決を許さない」とする声明を発表し、次のように批判したのは、そのためだ。 「確かな証拠に基づく正確な報道を心がける私たちにとって、現場での録音・録画は貴重な情報源であり、裁判における証拠としても極めて重要な位置づけを持つものである。企業に対して立場の弱い労働者が身を守る数少ない手段として、ハラスメントの現場などにおける録音がその存在などの立証に活用されている現状を鑑みれば、高裁判決は、ただでさえ泣き寝入りをしがちな労働者の権利行使をさらに困難にし、メディアが体現する『市民・国民の知る権利』の保障にとっても大きな障害となる」  この社会の重要な転換期に最高裁は、上告の棄却を通じ、そうした「司法の判断」を確定させてしまった。
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「対等な交渉者」から「会社に従う存在」へ
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