アトラクションに愛情を抱く「対物性愛」の女性は、どのように幸せをつかむのか。映画『恋する遊園地』。

拒絶してしまう母親の心理

 男性からのアプローチの他にも、ジャンヌにとっては母親の存在もまた重荷になっている。この母親は下ネタをあけすけに言ったり、ジャンヌを「ココナツちゃん」と子どもじみた呼び方をしていて、それにジャンヌは明らかにうんざりしている。それだけならまだしも、この母親は娘が勇気を出してカミングアウトした対物性愛に理解を示さないどころか、家から追い出すほどに拒絶してしまうのだ。  この母親の姿もまた、現実の世界では珍しくないものだろう。娘よりも長い年月を生きてきたからこそ揺るぎない価値観を持っており、それから著しく逸脱した価値観を提示されると、自身の娘であろうとも拒絶してしまう。むしろ、「こうであってほしい」という親としての理想があるからこそ、それが受け入れらないという心理も働いてしまうのではないか。
©2019 Insolence Productions – Les Films Fauves – Kwassa Films

©2019 Insolence Productions – Les Films Fauves – Kwassa Films

 真に大事なのは子どもの気持ちであるのは間違いないが、それでも拒絶をしてしまう母親の気持ちも理解できる。このジレンマに、母親とジャンヌ自身がどう折り合いをつけ、どう前に進むのかということは、この映画のテーマの1つでもあるだろう。

遊園地が舞台となった理由

 本作の監督であるゾーイ・ウィットックは、エッフェル塔と恋に落ち、実際に法的手続きを経て結婚したアメリカ人女性の実話から、本作の着想を得たという。だが、この映画で恋をする相手はエッフェル塔ではなく遊園地のアトラクションとなった。スタッフたちは、フランスでイメージ通りのアトラクションを見つけ、撮影地となるベルギーへと移動させ、1年もの時間をかけてカスタマイズをしていたそうだ。  設定を実話から大きく変えた理由は、エッフェル塔での撮影ができないから、アトラクションのほうが画が映えるから、なども考えられるが、それ以上に「遊園地」という舞台立ても重要だったのではないだろうか。  なぜなら、遊園地は昼間に恋人同士や家族が連れ立ってやって来る場所であるから。ジャンヌは前述した通り、男性からのアプローチは苦手で、父親が不在の上に母親との折り合いが悪いどころか家から追い出されてしまう。人間の恋人ができない、“普通”の家族の関係でいられないジャンヌにとって、たくさんの人で溢れる昼間の遊園地は「自分とは違う世界」のように映っていたのではないか。  そのジャンヌは遊園地のミニチュアを作ることを趣味としており、遊園地そのものを愛していることも示されている。だからこそ、「自分と恋をしたアトラクションだけがいる夜の遊園地」に、ジャンヌは「自分の居場所」を見つけたのかもしれない、と想像が及ぶようにもなっていた。
©2019 Insolence Productions – Les Films Fauves – Kwassa Films

©2019 Insolence Productions – Les Films Fauves – Kwassa Films

 (空想上であっても)自分の居場所があるというのは、それだけで幸せなことでもあるのだろう。ともすれば、ミニチュアを作るなどの趣味に1人で没頭することや、対物性愛もまた、その人の大切な価値観として肯定するべきなのではないか、とも考えられる。  そして、ジャンヌはその遊園地のミニチュア(恋をしたアトラクション)について、こうも語っていた。「外側から見るとただの機械だけど、見つめていると姿を変えて、連れ去ってくれる。人間と一緒。見かけよりも複雑なの」と。この「見方によっては物も人と変わらない」という“主観”もまた、他の誰かからむやみに否定されるものではないだろう。  「その人が良ければそれで良い」と言うのは簡単ではあるが、現実では他の誰かの、ましてや身近にいる大切な人の特異な価値観を、抵抗感なく受け入れるのは難しい時もあるだろう。だが、本作のクライマックスからラストを観れば、「やっぱり、他の人の価値観を肯定するって、そんなに難しくないかもしれない」と、気を楽にできるのかもしれない。そう願いたいという方に、この『恋する遊園地』を心からおすすめしたい。 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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