“東大までの人”を量産……人気予備校講師が語る「母親主導の受験の弊害」

教育にコスパを求める親たち

――負担の少ない推薦やAO入試、大学の附属校を望む親御さんもいます。 高橋:今後は学校推薦型選抜(旧推薦入試)や総合型選抜(旧AO入試)が増えていきますが、受験という自己鍛錬の機会を奪ってしまうのではないかと思います。また、大学の附属校の人気は親が苦労させたくないという願望の現れです。親も子も「ラク」が本当に好きなんです。子どもたちの言葉は「最小限の努力で最大の効果」です。合格最低点の1点上で受かることが目標なんです。  例えば、今の40代から50代のいわゆる難関大学に要求される英単語の目標レベルは大体8000語ぐらいでしたが、今の子どもたちの目標は2000語です。古文単語はかつては800ぐらいでしたが、今は200ぐらい。受験はどんどんぬるくなり、学力が低い者同士がコスパを追求し合って競い合っている。しかも勉強は好きではなくガマン大会になっています。  推薦対策の塾もたくさんあります。志望理由書も全てストーリーを作って対策してくれますので、それで受かるケースも多いです。学歴がお金で買える時代と言っても過言ではないでしょう。そういう環境で本当に勉強のできる子、学力が高い子が育つとは思えません。 ――子どもにお金を掛けさえすれば学力が上がるという考えを持っている親御さんもいるような気がします。 高橋:最も根本的な問題が親にとっての教育が「投資」や「消費」になり、教育に対してコストパフォーマンスを求めているということです。お金を出せばいい物が買えるであろうと。なるべく遠回りせずに確実にリターンが欲しい。それがコスパです。本来教育は消費ではないんです。私自身も私立の中高一貫校を出ていますが、6年間で何があるかはわからない。どんな先生や友達と出会うか、どのような時を過ごすのか、何を学ぶのか、前もってわかるものではありません。だから、途中で学校以外に何かやりたいことを見つけて退学するかもしれない。その6年間は大学進学のためにお金を出して買うものではないんです。  大学も同じです。4年間でどんな出会いがあるかはわかりません。消費されるものでもないしサービスでもない。でも、親御さんは「これだけお金を払ったんだから見返りが欲しい」と言いますよね。だから、クレームも来るし、「就職までなぜ面倒を見てくれないんだ」となる。発想が貧困だと言わざるを得ない。それは子どもにも伝わります。結局、損得勘定が一番大事で、役に立つことしかやらない。それが読解力の低下につながっていることは先程話した通りです。  そして、今、富裕層の親御さんに圧倒的人気があるのは医学部です。確実に見返りがあるからです。医師の子どもしか行かないような医学部専門の塾があります。個別指導も含めると年間1000万程度かかるのは珍しくないですし、中にはそれ以上払う親もいます。でも、医師には適性がありますよね。人の命を預かるからには志も必要だと思います。ところが、偏差値が高ければ医学部へ行くという風潮がある。消費とサービスの感覚なんです。

教育を消費するだけになっている

――教育は親の満足を追求するサービス産業になっているのでしょうか。 高橋:そういう側面もあります。例えば、大学の場合、90分の授業では本当は何が起こるかわからない。そして何が起こるか分からない授業の方が面白いんです。今後、アクティブラーニングが導入されれば益々そうかもしれません。でも、親御さんからの「サービス」の要望に応えるために、今、大学の授業はシラバスに授業内容を細かく書かなければいけなくなっている。  そういう意味では教育全体が歪んでいるのかもしれません。例えば私立の中高一貫校であれば、伝統校であっても自由で独創的な発想を生む校風は理解され辛くなり、学校の価値を東大合格者数で測ろうとしています。それは本来の意味での教育ではないですよね。親として子どもの教育をしているのではなく、消費者として存在しているという印象を受けます。子どももそうです。親から買ってもらった予備校の講座をひたすらこなしている。買って消費するだけではなく、一生のうち一回ぐらい生産者になりなさいと言いたいですね。 ※近日公開予定の続編では、子どもの学力を上げるために「本当に必要なこと」を伺います。 <取材・文・撮影/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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