ところで、口には「唇」がありますが、体の「入口」の象徴としての唇をちゃんと観察したことがあるでしょうか。
実は、「ほ乳類」の中でも「唇」を持つのは、人類だけです。
サルでもチンパンジーでもゴリラでも、よく見ると「唇」は持っていません(画像を検索してみてください)。そして人類に特有の唇は、外側の皮膚(外胚葉)からできるのではなくて、内側の
内臓(内胚葉)の一部としてできます。
つまり、口の中の粘膜(それは胃や腸からお尻まで切れ目なくつながっています)が、表面にめくれあがって厚ぼったくなったのが、「唇」という場所なのです。だからこそ、唇は肌色ではなくて、内臓のように赤い不思議な色をしています。
改めてまじまじと自分の唇を観察してください。唇という場所だけが持つ素材感や色感の特殊さに改めて気づくことでしょう。「唇」こそが、普段は目に見えない内臓世界の質感です。
人類が唇を持ったことで、生まれたての赤ちゃんも母親の乳房に食らいつき、空気の漏れがない効率的な吸いつきができるようになりました。
唇で乳房をくわえて舌をピストン運動のように動かし、口の中に陰圧をつくって生命線であるお乳を吸い出すことができるのです。そのため、口の周りには口輪筋や頬筋という筋肉が発達し、吸いつく動作のサポートもしています。
人類だけが持つ「唇」は、生き延びるためにそうして進化してできあがってきたものです。
もちろん、唇が内臓由来であると書いたように、唇から口以降は内臓そのものです。口をあけて中を覗いてみると、粘膜を含めて内臓世界の一端が露出して見えるでしょう。
人間には、口から入るウイルスや細菌を防ぐ“生命の知恵”が備わっている
ウイルスや細菌も「口」から食道を介して胃の中に入ってしまえば、そこは強酸性の世界なので多くの細菌は生きることができません。
食事は異物を取り入れる果てしないプロセスだからこそ、胃酸で細菌を防御する生命の知恵が備わっています。
ちなみに胃の中でも存在できるヘリコバクター・ピロリ菌は、ウレアーゼという酵素を出すことで自分の周りにアンモニア(アルカリ性)のバリアを作り、胃酸を中和することで胃へ定着(感染)している例外的な細菌です。
感染防御には、「うがい(外に出す)だけではなく、熱い緑茶を飲んだりする(胃に流し込んで胃酸に浸す)ことも有効だ」という話が出てくることも、そうした強い胃酸の力を頼りにした体の知恵でもあるのでしょう。
ただ、外界の異物が口を介して食道や胃の方向ではなく、気道や肺の中へと入っていくと、そこは防御機構が薄いためある程度の被害は避けられません。
もちろん、そうした時でも自身の「いのち」を守るために、免疫細胞は自然治癒力という体に備わった力により、必死に体全体を守ろうとしてくれます。