「政局報道」から脱し、論点を軸にした国会報道に注目を<短期集中連載「政治と報道」最終回>

論点に沿った深い報道が事態を動かす

 逆に、質疑の中身が論点に沿って適切に報じられれば、何が今、問題であるかがわかり、審議中から世論が高まることによって、問題のある動きを封じることもできる。個別の検事長や検事総長を官邸の判断で勤務延長させることが可能となる検察庁法改正案の問題をChoose Life Projectが短期間のうちに集中的に2時間前後のネット番組で取り上げ続けたのはその好例だ。  Choose Life Projectは、テレビの報道番組や映画、ドキュメンタリーを制作している有志が始めた映像プロジェクトであり、検察庁法改正案をネット番組で取り上げたのは、2020年5月10日から5月23日までの間に、実に11回を数える。そのうち確認した限りで8回に、国会議員がオンライン中継や録画で参加している。下記のように党代表や国対委員長、各党幹部らが登場した回もある。 ● 5月12日:枝野幸男(立憲民主党・代表)・玉木雄一郎(国民民主党・代表)・志位和夫(日本共産党・委員長)・福島みずほ(社民党・党首)・足立康史(日本維新の会・幹事長代理) ● 5月14日:安住淳(立憲民主党・国対委員長)・原口一博(国民民主党・国対委員長)・穀田恵二(日本共産党・国対委員長)・吉川元(社会民主党・国対委員長) ● 5月18日:【1部】中西元(自由民主党)/【2部】枝野幸男(立憲民主党)・玉木雄一郎(国民民主党)・志位和夫(日本共産党)・福島みずほ(社民党)・足立康史(日本維新の会) ● 5月22日:【第一部】石破茂(自由民主党・元幹事長)/【第二部】黒岩宇洋(立憲民主党・国対委員長代理)・原口一博(国民民主党・国対委員長)・穀田恵二(日本共産党・国対委員長)・福島みずほ(社民党・党首)・足立康史(日本維新の会・幹事長代理)・広田一(社保の会・国対委員長)  他の回では、弁護士、元検察官、元裁判長、元検事など司法関係者を集めた特集や、ツイッターデモをおこなった会社員の笛美さん、俳優やミュージシャンなど、声を上げる幅広い市民を集めた特集が組まれていた。  検察庁法改正案は、5月8日に衆議院内閣委員会で実質審議入り。同日に会社員の笛美さん(@fuemiad)が、ツイッターで「#検察庁法改正案に抗議します」という「一人デモ」を始め、このハッシュタグを用いたツイッターデモが急速に広がった。  5月15日の内閣委員会で採決が見送られ、5月18日に安倍晋三首相(当時)が今国会での見送りを表明。その後、黒川弘務東京高検検事長が緊急事態宣言中に新聞記者らと賭けマージャンをおこなっていたことが5月20日に週刊文春のウェブサイトで報じられ、黒川氏は5月22日に辞任した。同改正案は通常国会が会期末を迎えた時点で、いったん廃案となった。  安倍政権が検察庁法改正案の断念に追い込まれたのは、ツイッターデモの広がりの影響が大きかったと言われている。同時に、ツイッターで問題を知った市民が、なにが問題なのかと詳しく知る機会が、Choose Life Projectの連日の番組で提供されていたことも大きいだろう。国会議員にとっては、街頭でスピ―チをおこなう場合に比べ、より詳しく問題を語り、より広く届ける場がそこにあったと言える。  筆者が代表を務める国会パブリックビューイングも、日本共産党の山添拓議員に3月22日の時点で2時間にわたって緊急ライブ配信の形で解説をいただいていた。 ●国会パブリックビューイング 緊急ライブ配信 検察庁人事への内閣介入問題 (ゲスト解説:山添拓参議院議員(日本共産党) 進行:上西充子(国会パブリックビューイング代表)(2020年3月22日)  山添拓議員は弁護士でもあり、論理が浮かび上がる質疑を落ち着いた声でおこなう若手の参議院議員で、このライブ配信でも黒川検事長の勤務延長をめぐる問題と検察庁法改正案との関係も含め、パワーポイント資料も用意して、見事に論点整理していただいた。ツイッターデモで問題を知ってからこの番組を見て、何が問題となっているのかがよく分かったという声も寄せられた。  今、国会で何が問題となっているのか、クリティカルな論点はどこにあるのかは、国会議員が一番よく知っているのだ。だから彼らの質疑や彼らの論点がより深く報じられれば、市民も論点を頭に入れた上で、審議の状況を見守ることができる。そして、その結果として、世論が政治を動かすこともできるのだ。

字数の制約を超える毎日新聞のネット記事の試み

 上記では新しいメディアとしてのChoose Life Projectを取り上げた。もっとも、新聞社も政局報道ばかりやっているわけではない。これも前述の「国会会議録パトロール」さんが指摘されていたことだが、毎日新聞では「政治プレミア」という、与野党の個々の議員がみずからの政策を語る記事も配信されている。  また、2019年11月8日の田村智子議員による「桜を見る会」の質疑は、翌日の朝日新聞や毎日新聞の政治部の記事では小さな扱いでしかなかったが、当日のネットの反響を見た毎日新聞統合デジタル取材センターは、翌日にネット限定の記事で田村議員の質疑の内容を詳しく取り上げていた。 ●「『税金の私物化では』と批判あふれる『桜を見る会』 何が問題か 国会質疑で分かったこと」(毎日新聞2019年11月9日)  その後、統合デジタル取材センターに「桜を見る会」取材班が結成され、11月12日から始められた同問題の野党合同ヒアリングの内容を同取材班はネット記事で詳報していくことになる。  同ヒアリングがおこなわれる国会内の「第16控室」に詰めかけた記者のうち、政治部の記者はノートやパソコンのみで身軽。一方で、同取材班はコートやリュックをしょって参加。見た目からして「アウェー感」が漂っていたと『汚れた桜』(毎日新聞出版、2020年)に記されているが、アウェーな場に彼らが入り込んでいったからこそ、政治部記者の手によるものとは異なる、臨場感あふれる詳報を私たちはネット記事で読めるようになった。  毎日新聞統合デジタル取材センターは、2019年7月に筆者が齊藤信宏センター長(当時)にインタビューして下記の記事で紹介した通り、2017年に新しく設けられた「政治部、経済部、社会部、外信部、それから大阪本社とか福岡本社といった各部署の、いわば一騎当千の記者を集めている」部署だ。2019年に人員を倍増させている。 ●「メディア不信と新聞離れの時代に、鋭い記事目立つ毎日新聞の『挑戦』」 ハーバー・ビジネス・オンライン 2019年8月13日  別々の部で育ってきた記者が垣根を越えて集まり、互いに刺激を受けながら、字数の制約を離れて、みずからの企画に基づくネット記事を書く。そして、その経験を経て、従来の部に戻っていく。そのような新たな流れが、この部署の新設・拡充により生み出されている。  その流れの延長線上にあるのだろうか。先日12月11日には、第7回の記事で取り上げた毎日新聞政治部の宮原健太記者(総理番記者を経て、現在は野党担当)による野党ヒアリング詳報が、ネット限定記事として配信された。  菅義偉首相がGo To トラベル事業の継続の理由としている「約900万人が観光関連に幅広く従事している」との発言について、過大推計ではないかと指摘する黒岩宇洋衆議院議員(立憲民主党)と観光庁観光統計調査室のやりとりを詳報したものだ。 ●「住宅街のコンビニ店員も…観光従事者『900万人』は過大? 野党ヒアリング詳報」 毎日新聞2020年12月11日  観光庁への記者による追加取材もおこなわれており、それによれば、東京23区など全国の約半数が「観光地域」となっており、スーパーや百貨店、コンビニ、燃料小売業なども観光関連の業種に含まれ、住宅街のコンビニも含まれるという。  この記事などは、菅首相の発言を鵜呑みにせずに過大推計ではないかと指摘した野党議員の追及を、論点に沿って報じた記事と言えるだろう。
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