報道の「見出し」に潜む危険性。共同通信が使った「反政府運動」という言葉の問題点

国会前

政府の方針に反対の声を上げることも正当な民主主義である
yuuki / PIXTA(ピクスタ)

 政治と報道をめぐる短期集中連載第9回。今回はネット記事の見出しを考える。考察の対象は、「官邸、反政府運動を懸念し6人の任命拒否」という共同通信の11月8日配信記事の見出しだ。果たしてこれは、見出しを付ける者の能力不足という問題だったのだろうか。それともまさか、世論誘導がねらわれていたのだろうか。

「官邸、反政府運動を懸念し6人の任命拒否」

 「官邸、反政府運動を懸念し6人の任命拒否」という見出しの共同通信記事は、11月8日の6:00に配信された。同記事は同日午前のうちにアップデートされ、「官邸、『反政府先導』懸念し拒否  学術会議、過去の言動を問題視か」と見出しが変更されて再配信された(本文は1段落から2段落へと追加)。前の見出しの記事は削除された。現在は8:44にアップデートされた記事が残っている。 ● 官邸、「反政府先導」懸念し拒否 学術会議、過去の言動を問題視か 共同通信 2020年11月 8日 08:44 (JST) updated 筆者はこの記事をツイッターで同日の7時台に確認し、急ぎ、次のように指摘した。 予算委員会が終わったタイミングを見計らって、こういう本音を政府関係者が漏らして、「そうするのは当然だろう」という世論誘導を図る。分断を煽るやり方です。” (7:33) “しかし「安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し」を「反政府運動」とまとめる共同通信の言語感覚も疑う。” (7:40)  講演先に向かう電車の中であったが、なんとかこのような見出しの記事の拡散は防ぎたいと、さらに続けて次のようにツイートした。 “見出ししか読まない人が多いだろうことを考えると、特に。” (7:41) “政府の判断は常に正しい、それに異を唱える者は政府に歯向かうやつだ。 そういう認識を政府関係者と共有していなければ出てこない表現だと思う。「反政府運動」という表現は。 しっかりしてくれ、共同通信。 アメリカがようやく分断から統合へと向かおうとしているときに。” (7:47)  筆者の他にも「反政府運動」という表現に違和感を表明するツイートが相次ぎ、共同通信側にも届いたのだろうか、その後、見出しは「官邸、『反政府先導』懸念し拒否 学術会議、過去の言動を問題視か」と変更された。現在も残っている記事は「08:44 (JST) updated)」と記載されているが、見出しが変更されたのはそれより前だろう。  この見出しにも問題があり、筆者は続けて下記のようにツイートしている。 “政府のある方針に対し反対の意思を表明することや、その方針で進まないように反対運動を行うことは、「反政府運動」や「反政府先導」ではない。 「反政府」という表現はやめるべき。” (8:24) “先ほどの記事の「反政府運動」にしろ、この記事の「反政府先導」にしろ、共同通信は「反政府」という見出しで、先導して犬笛を吹いてしまっている。すみやかに改めるべき。” (8:28) “現政権のある方針や法改正に反対することとその政権そのものを批判することは違うし、政権交代を求めることと「反政府」も違う。 「反政府」という表現は、「反日」や「国賊」といった見方に容易に道を開く。 実際、そういう方向でのリプライが既に来ている。 報じかたには注意してほしい。” (9:06)  その後も筆者は断続的にこの見出しについての懸念をツイッター上で表明し、同日夜にはなぜこの見出しが不適切なのかを改めてツイートした。以下では改めてこの見出しの問題を検討したい。

「反政府」という見出しの危険性

 まず第1に問題なのは、「反政府運動」という言葉のきつさだ。「反政府運動」というと、まるで武力をもって国家転覆をはかる運動のように聞こえる。アフガニスタンの「反政府勢力」タリバンのように。  筆者のツイートにも言及しながらこの記事の報じ方を取り上げた山口一臣氏も、「反政府」という言葉を「尋常ではない言葉」と捉え、単に政府の方針に反対する人たちを「反政府組織」などと呼ぶ報道は自分の知る限り見たことがないと述べた。筆者も同感だ。 ●【日本学術会議の任官拒否問題】共同通信が菅(すが)官邸の世論誘導に加担?(山口一臣) – Y!ニュース (2020年11月9日)  例えば日本で、原発の再稼働に反対するデモや、安保法制に反対するデモなど、具体的な論点に即したデモがあり、さらに「安倍は辞めろ」のように、首相の辞任や政権交替を求めるデモもあるが、それらは「反政府運動」とは呼ばれない。一般的な呼び方は「反対運動」だろう。なぜ「反政府」などという言葉が見出しに用いられたのか。  6:17時点で配信されていた記事の全文は下記の通りだ。 “首相官邸が日本学術会議の会員任命拒否問題で、会員候補6人が安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていたことが7日、分かった。複数の政府関係者が明らかにした。”  最終版(08:44 (JST) updated)の記事は二つの段落から構成されているが、そちらを見ても「反政府運動」という表現はない。「反政府」という表現もない。ならば、「反政府」という表現はどこから来たのか。

政府関係者は「反政府」を口にしたのか

 「官邸、反政府運動を懸念し6人の任命拒否」というこの記事の見出しは、数時間後に「官邸、『反政府先導』懸念し拒否 学術会議、過去の言動を問題視か」という見出しに改められた。「反政府運動」は「反政府先導」に変わり、「反政府先導」は、カギカッコでくくられた。しかし、これでも問題がある。  記事の見出しのカギカッコは、通常、誰かの発言を指す場合に用いられる。つまり、引用符だ。第7回の記事で検討の対象にした下記の記事では、「逃げ切り」とは取材先の与党関係者の発言だった(宮原健太記者に確認済み)。 ●自民、学術会議問題で「逃げ切り」に自信 「批判の電話も少ない」 月内に集中審議 – 毎日新聞 2020年11月10日  そのような場合には、この記事のように引用符(カギカッコ)を見出しに付けて報じるのが適切な報じ方と言える。  一方、この共同通信の記事は、「複数の政府関係者が明らかにした」内容をまとめたものとされているが、そのうちのいずれかの関係者が実際に「反政府」という表現を口にしたか否かは、明らかではない。記事に書かれているのは、「政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていた」ということだけだ。ならば、カギカッコをつける意味は不明なままだ。  もし政府関係者の誰かが「反政府」という言葉を実際に口にしていたのなら、それを報じる価値は、ある。そのようなきつい言葉を使うほどに、政府関係者がこの6名を排除したいという強い動機を持っていたことを表すからだ。  しかしその場合は、本文にもカギカッコつきで「反政府」という言葉がなければならない。また、その「反政府」という言葉を見出しに掲げることによって、実際にこの6名が危険人物であるかのような誤認が生じてしまう危険性についても、見出しで配慮が必要だ。  例えば同じ共同通信の記事だが、下記の記事では「ワクチン発表わざと遅らせた」というトランプ大統領の言葉だけが見出しにされるのではなく、「一方的恨み節」という言葉が添えられている。それによって読者は、見出しを見ただけであっても、実際にそのような「わざと遅らせた」事実があったわけではなく、トランプ大統領がそのように不当な言いがかりをつけていると理解することができる。 ● 「ワクチン発表わざと遅らせた」 トランプ氏、一方的恨み節 | 2020年11月21日 – 共同通信  しかし、学術会議をめぐる共同通信の11月8日の記事では、最初の見出しでもあとの見出しでも、「反政府」というきつい表現が誤った世論誘導につながってしまう危険性に対する慎重さが、うかがわれないのだ。
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誰が、なぜ、「反政府運動」という言葉を使ったのか?
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