『燃ゆる女の肖像』18世紀の女性2人、一生にわたって意味を持つ、恋の光の影とは。

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(c) Lilies Films.

 12月4日より、映画『燃ゆる女の肖像』が公開されている。  まずは、その圧倒的な高評価ぶりを紹介しなければならないだろう。本作は第72回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィアパルム賞を受賞し、ゴールデン・グローブ賞と英国アカデミー賞の外国語映画賞にもノミネートされるなど、世界の映画賞を席巻。その総数はなんと44受賞、125ノミネートにも及ぶ。  米映画批評サイトRotten Tomatoesでは98%という驚異的な批評家からの支持率を得ており、ウェブメディアBusiness Insiderの批評集計サイトに基づいた「史上最高の映画ベスト50」にもランクインしている。アメリカでは、過去に公開された外国語映画の歴代トップ20入りを果たすほどの大ヒットとなった。  そこまでの熱狂を巻き起こす理由が、確かにこの『燃ゆる女の肖像』にはあった。具体的な作品の魅力を記していこう。

絵画のように美しい光景

 18世紀、画家のマリアンヌは、フランスのブルターニュの孤島に小舟で辿り着く。その孤島にある伯爵夫人の館にて、娘のエロイーズの見合いのための肖像画を依頼されていたのだ。夫人のオーダーは「散歩の相手だと思わせて、隠れて絵を仕上げてほしい」という変わったもの。マリアンヌとエロイーズはキャンバスをはさんで見つめ合い、孤島を共に散策し、音楽や文学について語り合ううちに、恋におちていく。
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(c) Lilies Films.

 本作で誰もが目を奪われるのは、「絵画のような美しさ」だろう。風の吹く草原や、波が砕けては散る崖などの風光明媚な景色。一方で城の荘厳な内装や、妖しく揺らめく夜の焚き火という“闇”も強調した画。そして、2人の主人公の赤と緑のドレスのコントラスト。それら1つ1つに、ため息が出るほどなのだ。  撮影は実際に孤島に残っていた城で行われている。そこには住人はおらず、修復されたこともなかったのだが、木造部分や寄木張りの床、色彩などが当時のまま残っていたという。おかげで、この城を映画の“核”とし、美術チームは家具や小道具、備品、木材、生地などの準備に集中することができたそうだ。  また、セリーヌ・シアマ監督は衣装デザイナーのドロテ・ギローと共に、登場人物ごとの特性を反映させるため、裁断の仕方や生地、特に重さも十分に考慮し、衣装作りに取り組んだ。それは役の社会性や当時の歴史的事実だけでなく、締め付けられた衣装を着る女優の演技にも関わっていたという。
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(c) Lilies Films.

 例えば、主人公のマリアンヌの服にポケットがあるのは、彼女の普段の振る舞いを念頭に置いていたから。実際は18世紀の終わりにはポケットは女性の衣装から消えてしまうのだが、シアマ監督はそのモダンなスタイルが好きだったので、蘇らせたかったという意図もあったそうだ。  本作の美しさをもたらしているのが、そのようなスタッフたちのこだわりによるものである、というのは言うまでもない。当時の衣装や美術をタイムマシンのように蘇らせ、徹底的なまでの“美”に溢れた世界は、映画館でこそ堪能する価値があるだろう。

男性がほとんど登場しない理由

 本作は、あらゆる事柄がミニマムかつ限定的であるということも重要だ。舞台の大部分が孤島および城の中のみであり、登場人物もごくわずかで、男性はほとんど姿を現さない。音楽が使われているのも、たったの2箇所だけだ。そこには、余分なものが何ひとつない、“研ぎ澄まされた”芸術ならではの美しさもある。  特に、男性がほぼ出てこないというのは完全に意図的なもの。セリーヌ・シアマ監督はこのことについて、「すべてにおいて対等な関係を示すため、障害や抑圧ではなく、女性が秘めている可能性、喜び、親密性を描きたかった」と語っている。  確かに、ほぼ女性しか出てこず、男性による物理的な力関係や権威主義的な抑圧などがないことが、社会的な地位はもちろん、性別さえにも縛られることなく、主人公2人が「対等な関係の恋人同士」であることがより際立つように見えるのだ。
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(c) Lilies Films.

 なお、主人公2人の他にも、召使いの少女のソフィが重要人物として登場しており、彼女の意外性のあるエピソードはさらに切なく、ドラマティックに物語を彩っている。それ以上に、この3人が身分を気にすることなくカード遊びや本の朗読に興じ、音楽や文学について楽しく語らう様は、それこそ女子会を眺めているかのような多幸感もあった。そのような“尊さ”を期待しても、裏切られることはないだろう。
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