「太陽を盗んだ男」と私たちの抱える閉塞感<史的ルッキズム研究11>

目的のない犯罪、原爆、都市

 映画で描かれる主人公は、政府を脅迫するものの、明確な目標はありません。彼は目的を欠いたまま原爆という凶器をもてあそびます。その犯罪的なありかたは、核兵器の本質をよく表現しています。核戦略は、目標とゴールを想定した戦争行為ではなく、いつまでも膠着状態がつづく犯罪です。  明確な目的を欠いた三つの要素が絡み合っていきます。目的のない犯罪者、目的のない原爆、そしてとりとめなく膨張する国際都市・東京。目的を欠いているということを、少し古い言い方にかえれば、「主体を欠いている」ということになります。それらは明確な目標を持った主体ではなく、現象・事象としか言いようのないものなのです。  核兵器は通常、国家の意思の究極的形態であると考えられているのですが、本当にそうなのか。『太陽を盗んだ男』が提示するのは、意思も目的も主体も欠いている核兵器の姿です。  主体を欠いた原爆、主体を欠いた国際都市。『太陽を盗んだ男』は、巨大なエネルギーを映しています。そして、「シラケ世代」と呼ばれる主体を欠いた人間を物語の中心に置くことで、1970年代の閉塞を描いたのです。

70年代に起因する不能感

 2020年の現在から振り返ってみれば、現代の私たちが抱えている不能感・閉塞感は、やはり70年代に始まっているのだろうと想像できます。ロマンティック、きらびやか、といった繁栄のスペクタクルと並存しながら。  1975年、国鉄・電電公社・専売公社など「三公社五現業」の労働者が闘った「スト権スト」は、労働者側の敗北となり、その後の公共サービスの民営化政策の起点となります。日本の国政は、通貨と株を取引する国際金融市場に翻弄され、新自由主義政策に呑み込まれていきます。60年代を支えた「国民経済」の概念は失われ、弱肉強食、二極分化社会へと移行していきます。  私たちは政治経済に刈り取られる対象にすぎないものになっていて、自らを政治経済の主体であると意識することは非常に困難になっています。この主体をはく奪された状況を考えるときに、70年代を振り返ってみるのは有益だと思います。 <文/矢部史郎>
愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。
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