各国の英語を完全に再現する「発音の鬼」、その職人芸の裏側に迫る

英語上級者が最後にくぐる門が、発音矯正

 メンタルブロックが生じる要因は教育環境にもある。特に必ず直面するのが、「発音をよくしすぎると学校で浮く」、「学習の自由度が低い」といった問題だ。だいじろー氏も、学生時代に苦い思い出があるという。  「先生が『Apple』を皆に復唱させた後、僕はもう一度やりたかったので一人でネイティブっぽくこっそり復唱してみました。すると先生に『うるさい』と怒られた。指示していないのに勝手に声を出すなということでした。あれはちょっと心が折れましたね。もう少し楽しく勉強できればよかったのですが」  発音オタクで、街中でも「他人の発音をずっと聞いている」というだいじろー氏。そんな中で、ひょんな発見をすることも珍しくないとか。  「日本人でも母音が通常と異なる人が稀にいます。たとえば『私は』の『は』の母音がイギリス英語のになってる人がいる。そうなるともう、気になって内容が頭に入ってこないですね(笑)。<ae>など日本語にない母音はおそらく日本人にとって不快な音で、それがネイティブっぽく発音することに抵抗をおぼえる要素になっているのかもしれません」  現在、だいじろー氏の発音トレーニングに参加している生徒の半分は英語圏に居住し、英語で仕事をしている。日本在住の生徒も、TOEIC満点や英検1級保有者ばかりだという。そんな彼・彼女らがだいじろー氏に指導を仰ぐのは、英語上級者にとって発音が「最後の砦」であるからだ。  「英語を不自由なく駆使できても、現実的に発音をチェックしてもらえる場面はありません。将来的により精度が高く指導機能もついたAIが登場する可能性もありますが、今はまだ他者に指摘されないとなかなか矯正は難しい」  そればかりでなく実際に、発音は仕事にも少なからず影響する。  「たとえば英語圏の大学ではネイティブじゃないという理由だけで教授のランクが下げられることもある。発音があまりにもなまっていると現地人に親近感を持ってもらえず、仕事のチャンスを逃すこともありうるからです」

レッスンでは「どのように聞こえているか」をフィードバックする

 日本人が苦手する部分はLとRの使い分けもさることながら、母音の区別だ。日本語の母音は「あ、い、う、え、お」の五音しかないが英語は20個以上。母音によって言葉の意味が変わってしまうが、その習得は至難の業である。  レッスンは、生徒が課題に沿って録音した音声ファイルを、だいじろー氏がチェックしてフィードバックする形式だが、反復練習を提案することはなく、「音の聞こえ方」にフォーカスしたアドバイスを行う。  「音声ファイルを聞けば、生徒さんがどんな口の形をしていたか判別できます。単に間違いを指摘するだけではわかりづらいので、正しい口の形を教えるとともに、『その発音だと違う音に聞こえている』と気付いてもらうようにしています。ネイティブの音も幅が広いので、今の発音はストライクゾーンには入っているがもう少しこっちに寄せて、といったように教えています」  例えば日本語で「学生」と発音する場合、「Ga(k) Sei」で「く」の母音が無音化するが、外国人は「Ga Ku Sei」と発音してしまう。日本語ネイティブでもこうした細かい部分を理論的に教えられる人は少ないだろう。  「だから、反復よりも語学教授の観点から教えるほうが効率が良い。僕も現在、著名なイギリス人言語学者のジェフ・リンゼイ氏から英語を教わっていますが、日本語の『え』の音をイギリス英語に当てはめたらどうなる、といったことを教えてくれるのでわかりやすく助かっています」  今後は、「俳優を指導したり、外国人に日本語の発音を教えることもしてみたい」と話すだいじろー氏。国別英語モノマネも「シングリッシュ」や南アフリカ英語などレパートリーを増やしたいのだとか。  発音に魅せられた男の挑戦はまだまだ続きそうだ。  【だいじろー@発音トレーナー】 オンライン発音矯正サービス「DRJ発音研究所」主宰。1989年、北海道札幌市生まれ。独学で音声学を猛勉強し、英語発音指導士®取得。Elsa Speakテストではネイティブレベル。学生の半分が外国籍である立命館アジア太平洋大学に外国人基準で入学し、在学中は授業を英語で受講。在学中に香港理工大学とヘルシンキ大学に留学。その後タイに7年滞在し帰国。YouTubeチャンネル <取材・文/安宿緑>
ライター、編集、翻訳者。米国心理学修士、韓国心理学会正会員。近著に「韓国の若者」(中央公論新社)。 個人ブログ
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