トランプや維新はなぜ「敗北」を認めないのか? 『ザ・ボーイズ』シーズン2で認識する現実政治の愚行

LAで行われたドライブインプレミアイベント

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Photo by Frazer Harrison/Getty Images for Amazon Studios

 Amazonオリジナルドラマ『ザ・ボーイズ』のシーズン2がAmazonプライムにて配信されている。第一シーズンは既存の作品に登場するようなヒーローたちが暴虐な振舞いを繰り返す「アンチ・ヒーロー」物として話題になり、今作でももちろんその路線が踏襲されている(参考:「危機」を利用して自身の権力拡大を迫るヒーローたち。「現代社会」を風刺する『ザ・ボーイズ』)。  前作のラストで、実はヒーローたちは先天的な存在ではなく、コンパウンドVという薬品によって人工的につくりだされたということが明らかになった。そして、社会の脅威でありヒーローの敵たるテロリスト(ヴィラン)も、またコンパウンドVでつくりだされていたのだ。今作では、その事実をめぐる駆け引きと、追い詰められた男性のヒーローたちが見せる男性的なものの幼稚さ、新ヒーローであるストームフロントの秘密などがテーマとなっている。
 

ポピュリズムを利用するヒーロー

 前作の批評でも指摘したが、この作品におけるヒーローは国家権力のメタファーだ。国家の権力者は支持を集めるために敵を必要とする。ヒーローもまた、崇拝されるためにヴィランを必要とする。ヴォート社のヒーローたちが次々とそのスキャンダルを暴かれたとしても、なお多数の人々はヒーローを支持している。明らかに罪のなさそうな民間人をホームランダーが殺している映像が流れたとしても、それは決定的な破滅とはならない。いくつか現実の「テロ」事件が起きたあとに、「アメリカは今脅かされている。テロとの戦いのためにはやむを得なかった」という内容の演説をすれば、結局はダメージにならず有耶無耶にされてしまう。  敵を名指しし、緊急事態を煽ることで、権力者は秩序回復のためと称する法や道徳を越えた無制限の措置を振るう正当性を手に入れる。大衆がそれを支持するからだ。それは現代において、いわゆるポピュリズム政治家の基本的なテクニックであり、現在の日本でも日本学術会議をめぐる議論や大阪で起きていることはそのような現象だといえる。

敵概念の複層性

 スーパーヒーローの敵はスーパーヴィランである。しかしその両者は同一の根源(コンパウンドV)から生まれている。したがって、ヒーローとヴィランは本気の敵対関係にはない。互いは互いの鏡像であり、相手を根源的に否定してしまった場合、自分の存在自体を否定することになってしまう。ヒーローとヴィランの闘争は、いわば遊戯なのだ。  一方で、スーパーヒーローと存在論的な敵対関係にあるのが、ザ・ボーイズの面々である。ボーイズの面々はヒーローを否定し、ヒーローたちはまたボーイズを否定しなければならない。この敵対関係は、どちらか一方が他方を殲滅するまでは終わらない。  前者の敵対関係は公開のものであるのに対して、後者の敵対関係は秘匿されている。しかし、ヴィランからヒーローの活動を制限しようとする議員まで、公開の場で生じている敵対関係は全て同じ根源に由来する権力闘争の一部であり、秘匿された敵対関係こそが真実である、というのは、それだけ抽出すれば陰謀論的な世界観にもみえる。
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力をめぐる闘争と、それを終わらせるための力
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