ガン闘病を告白した伝説のAV男優・沢木和也の「終活」に迫る<前編>

沢木和也

 ポルノ映画や「ビニ本」などが主流だったところから、『AV(アダルトビデオ)』が誕生したのは1980年代前半のことである。  AV業界の全盛期ともいえるこの時代には『全裸監督』(山田孝之主演)でも話題になった村西とおる監督や、”ゴールドフィンガー“で有名な加藤鷹、またプロレスラーとしても名を馳せたチョコボール向井などAVのスターたちが多く誕生する。  今回インタビューを行ったAV男優沢木和也も、彼らのような“伝説”のひとりだ。  特に現在、40代以上の男性ならば顔を見たら「あの人か」とすぐに思い浮かぶに間違いない。本人いわく、「定かではないが1万本以上の作品に出演している」とのことである。  しかし彼はメディア露出が少なく、謎が多い人物である。業界内でもその素性を知る人は多くないといわれる、そんな沢木に迫った。

「伝説のAV男優」の告白

 沢木は埼玉県川口市で生まれた。  小学生の時代は野球に夢中な少年であったという沢木。しかし中学校にあがりオナニーを覚えると性に目覚め、その貪欲さは加速していった。  2回目のセックスでは3Pを経験し、高校を中退後は『女性といること』を中心に生活し職を転々と変えたという。  16歳の時には赤羽のダイエーの婦人服売り場で働き、下着を選び悩む女性を眺めては欲を満たしていた。いわゆる視姦というものだ。  またあるときは更なる女性との密な関係を求め※『三行広告』で仕事探しをしていたのだが、これがAV男優デビューのきっかけとなった。 (※三行広告:インターネット普及前のスポーツ紙や夕刊でみられた広告。その名の通り短い広告で当時は1万円前後で掲載できた。審査が緩かったため主に風俗系の仕事の広告が横行していた)  そんな沢木がある日こんなツイートをした。  このツイートを見て、詳細を追っていくとnoteの記事にたどり着いた。  どうやら「終活」と称して記録を残しているらしい。そこで記者らは、療養中であるという沢木の自宅に赴いた。

「俺からしたら急だった」ガン発覚

――ガンに関しては前触れというか、兆候みたいなものはなかったのでしょうか。本当に急だったということですか。 「俺からしたら急だったんだけど、後から考えてみたらずいぶん前からうどんが(喉に)引っかかったりはしてた……。まあでも、水とか飲むと何か引っかかったりするじゃん。俺はそれだと思ってたの。でも違ったみたい」 ーーその兆候らしきものはどれくらい前からあったんですかね。 「半年から1年くらい前。でもたまにあることだったから全く気にしてなかった。決定的なのは大島優香ちゃんと仕事した時に何かおかしいっていうか痛みというか、それがあったから。それで初めて気づいた」  酒飲みかつ愛煙家である沢木であるがあまり健康に気を使っている様子はなかったようだ。健康診断も毎年行なっていたわけではなかったらしい。
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家族と、職業としてのAV
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