バート・トラウトマンは、サッカーファン以外にはドイツでもあまり知られていなかったそうだ。その認知を広めるために、ドイツでの公開当時にはサッカー連盟が映画の宣伝を支援してくれたのだという。知られざる英雄を、現代に広く知らしめたという点でも、本作は大きな意義のある作品だろう。
実話を元にした映画であるが、創作である部分も多い。例えば、収容所にいるスマイス軍曹は、ドイツの空襲による虐殺で苦しんだイギリスを象徴するために生み出したキャラクターだという。他にも、トラウトマンの妻のスピーチも実際にはなかったのだが、彼女が勇敢で自由で情熱的に戦っていた女性であるという事実から付け加えたそうだ。そうした多角的な価値観を得られる視点を加えつつ、物語をドラマティックにする工夫がされていることも本作の美点だ。
ⓒ2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann
マルクス・H・ローゼンミュラー監督は、こう語っている。「私にとって大切なのは、この完璧ではない世界で葛藤しながら、それでも完璧な世界を切望する人々を描くことでした。それは、誰もが、罪悪感なく、幸福に満ち溢れて過ごすことができる時間への強い憧れでもあります」と。
『キーパー ある兵士の奇跡』では、その幸福への尊い願いを実在のスポーツ選手に託し、スポーツそのものが和解や平和につながるという普遍的な事実も描いている。新型コロナウイルスの影響で東京オリンピックが延期し、世界中の人々が不安を抱えている2020年の現在でこそ、劇中のトラウトマンおよび彼らに関係する人々の姿は、重要な知見を与えてくれている。
最後に、『キーパー ある兵士の奇跡』と通じているところの多い、合わせて観てほしい映画を2作品紹介しよう。
1:『42 世界を変えた男』(2013)
アフリカ系アメリカ人初のメジャーリーガーとなった、ジャッキー・ロビンソンを描いた伝記映画だ。1940年代の当時は黒人への差別が激しく、主人公は球団のファンや、味方であるはずのチームメイトからも差別を受けてしまう。『キーパー』とは誹謗中傷を浴びたスポーツ選手が主人公であることと、彼が周りの人々の意識を変えていくことが共通している。
主演を務めたのが、今年8月に大腸癌のために亡くなったチャドウィック・ボーズマンであることも重要だ。『ブラックパンサー』(2018)で黒人のスーパーヒーローを演じていた彼は、Black Lives Matterの運動が沸き起こる現実においても、人々の心の支えになっていたのだろう。彼がもうこの世にいないという事実は、あまりにも悲しい。だが、だからこそ、彼が実在のスポーツ選手でありヒーローを演じていた『42』も、ぜひ観てほしいのだ。
2:『愛を読むひと』(2008)
1958年のドイツで、21歳年上の女性とベッドを共にした少年が、彼女に頼まれて本を朗読していくという物語だ。一見するとエロティックなラブストーリーであり、実際にPG12指定相当の性描写もあるが、決してそれだけではない。ホロコーストと、それに対する罪の意識が深く関わっていくという、意外な物語の転換があるのだから。
『キーパー』との共通点は、主演を務めているのがデヴィッド・クロスということにもある。『愛を読むひと』で彼は15歳の少年をも演じていたため、『キーパー』で俳優としての成熟を見られることが感慨深かった。また、前者では後に弁護士としてホロコーストに関わる人物を演じたが、後者では元ナチス兵士として誹謗中傷を受けてしまう本人という、対照的とも言える役どころになっている。
さらに、現在は
『ある画家の数奇な運命』と
『異端の鳥』という、いずれもナチスおよびホロコーストに関わる物語を描いた映画が上映中である。ぜひ、チェックしてみてほしい。
<文/ヒナタカ>