河井克行・案里夫妻の公職選挙法違反事件、菅総理に重大な責任あり<弁護士・元東京地検特捜部検事・郷原信郎氏>

河井氏が実刑を免れる唯一の方法

―― 菅氏に焦点を当てることで、参院選における克行氏の動きや検察庁法改正までの流れが非常にクリアになりました。菅氏が一連の動きに関与していたことは間違いないと思います。しかしその一方で、検察側にも不自然なところがあります。検察は克行氏から現金を受け取った地元の有力者たちを一人も立件していません。 郷原:現金受領者側を刑事立件すらしていないのは、公選法違反事件では考えられないことです。先ほど述べたように、克行氏が行ったような現金配布の多くは、選挙から離れた時期に、県内の政治家に配布したもので、通常なら公職選挙法違反の摘発対象になりません。「地盤培養行為」ではなく、「票のとりまとめのための買収」だという検察の主張を支える証拠はかなり薄弱だと思います。そこで、刑事立件しないと期待させて、現金受領者たちから検察寄りの供述を引き出したのでしょう。これは検察立証の重大な弱点です。  しかし、克行氏側にも弱点があります。最大の問題は、克行氏がパソコンのハードディスクの供与対象者及び供与金額を記載したリストを隠蔽しようとしたことです。これは克行氏側が違法と認識していたことを示すもので決定的に不利な事実です。それゆえ、検察側の証拠が弱いことは間違いありませんが、このままでは克行氏は大部分の買収の事実で有罪となり、しかも、買収金額から言っても実刑は避けられないということになります。  克行氏が実刑を免れる唯一の方法は、安倍氏や菅氏の関与も含め、参院選の真相をすべて供述することです。広島選挙区の2人目の候補者として案里氏が出馬した経緯や、広島県連が案里氏を一切応援しない方針を打ち出していたことなどを具体的に示せば、克行氏が自ら現金を配布するしかなかった事情が明らかになります。  リストの隠蔽に関しても、安倍氏や菅氏の了解のもと資金提供が行われていたとすれば、選挙買収に当たると認識していたから隠蔽したのではなく、官邸が関与した証拠を捜査機関に渡すことができないと考えたがゆえの行動だったという説明も可能になります。  これらが認められれば、起訴事実の3分の2以上を占める公選法違反事実が無罪になることも考えられます。仮に有罪であったとしても、一般的な買収事件とは全く性格が異なると認められ、情状面でも大幅に有利となり、執行猶予になる可能性が高まります。  もちろん克行氏が無罪になるなら、安倍氏や菅氏の法的責任も問えません。しかし、道義的、政治的責任は免れないでしょう。  いずれにしても、今回の事件の背景には、自民党本部の公認候補者の選挙活動資金の提供の仕方の問題があります。それを総括しない限り、菅総理が解散総選挙を行うことはできません。 ―― 現在、克行氏が弁護人を全員解任したため、裁判を開けない状況にあります。克行氏の狙いはどこにあると考えられますか。 郷原:証人尋問を止めることが目的だと思います。どんどん証人尋問が進んでいき、全く防御ができないため、とにかく審理を止めたかったのでしょう。何かその先の一手を考えた上での行動とは思えません。  もっとも、これは克行氏にとって有利に働くかもしれません。これまで克行氏についていた弁護人は、自民党の息がかかった人たちでした。そのため、自民党に配慮し、官邸に関わる問題には触れようとしませんでした。しかし、次に選ばれる弁護人が仮に国選弁護人ということになった場合、新しい弁護士が、これまで、この事件の公選法上の問題について解説してきた私のブログなどを読み、克行氏が現金配布の背景や経緯、資金源等についての真相を語ることが、実刑を免れる唯一の手段との前提で、弁護活動に臨むことも考えられます。そういう意味では、国選弁護人のほうがかえって真相が明らかになるかもしれません。  あとは克行氏次第です。克行氏には自分自身のためにも、公判で事件の真相をきちんと供述してもらいたいと思います。 (9月29日、聞き手・構成 中村友哉) <提供元/月刊日本11月号
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2020年11月号

【特集1】日本学術会議 言論統制は亡国への道

【特集2】国家観なき政治家に危機が突破できるか

【特集3】菅総理を揺るがす「負の遺産」




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