大学3年生でキャンパスが変わることをきっかけに、引っ越しをしたという佐藤さん。それまで通っていたカウンセリングに通うのを辞め、新しく住み始めた場所から近いメンタルクリニックを予約した。そのクリニックの初診で、佐藤さんは「うつ病」だと診断された。
「『
軽度ですが、うつ病ですね』と言われました。私の場合は本でよく読むようなうつ病の症状――例えば『一日中動けない』『夜ほとんど眠れない』などはなかったので、どこかで『
自分は怠惰なだけなのかもしれない』とずっと思っていました。ですが、軽度であってもうつ病と診断されたことで少し気持ちが楽になりました」
軽度であれ、うつ病と診断されたならば休養を取るべきだと誰もが思うだろう。しかし佐藤さんは「それはできませんでした」と話す。待っていたのは「就職活動」だった。
「大学を休学することも考えましたが、休学すると奨学金が止まるんです。
奨学金とアルバイト代で暮らしていたので休学はできませんでした。
大学を卒業したら奨学金の返還が始まるから、就職しないというわけにもいかない。もちろん『休んだほうがいいよ』って言ってくれる人もいましたけど、『じゃああなたが私の生活を保障してくれるの?』って思ってました。心配してくれる声も素直に受け止められなくなっていたんです」
「就職活動をしないという選択肢はない」。そう思って始めた就職活動だが、「精神的に相当な負担だった」と話す。
「やっぱり就職活動をしていると『お祈りメール』をたくさんもらうじゃないですか。私とその会社が合わなかっただけで、自分の能力や人格を否定されているわけではないって頭ではわかっているんですけど…やっぱり『
お前なんかいらないよ』って言われているみたいな気持ちになるんですよね。本当につらいときはOD(オーバードーズ)をよくしていました。眠れなかったので。『死にたい』と思ってやっていたわけではなくて、『とにかく目の前の現実から逃げたい』という思いで薬を飲んでいました。
パソコンの電源ボタンを押すみたいに、一日を強制終了できたらいいのになっていつも考えていました」
佐藤さん(仮名)のおくすり手帳
それでもなんとか大学4年の8月頃には就職活動を終え、翌年の4月に新卒として都内の企業に就職した佐藤さん。「就職したことが自分にとっては良かった」と話す。
「よく就職してからうつ病になるパターンはあると思うんですが、私の場合は逆でした。幸運なことに、今の会社はすごく自分に合っていると思いますし、楽しく働けています。
毎日規則正しい生活を送るようになったことと、自分の役割が決まっているということが大きいかなと思います。どうしても一人暮らしの大学生だと一人でいることが多いから、自分の内面と真正面から向き合いすぎるんですよね。自分の内面と向き合うのは大切なことだと思いますが、『自分ってなんなんだろう』と突き詰めて向き合いすぎると自分の嫌なところばかり目につくようになるんです」
「一日の半分くらいは仕事をしていた方が、余計なことを考えなくて済むから自分には合っていた」と話す佐藤さん。だがしかし、コロナ禍の自粛生活ではどのように過ごしていたのだろうか。
「緊急事態宣言が出たときは会社もリモートになりました。そのときの世間の閉塞的なムードはやっぱり精神的に来るものがありましたね。でも家でそれまで通りの仕事はしていましたし、就活中のようなひどい状況にはなりませんでした。どうしても落ち込むときは散歩をしたり、読書をしたり、昼寝をして気分転換するようにしています。今でも薬は飲んでいますが、ODするようなことはなくなりました」
少しずつ回復へ向かっているという佐藤さん。最後に何か言いたいことはありますかと聞くと、こう答えた。
「
他人の心の中を自分のものさしで測るのはやめてほしいなと思います。その人がどんなにつらい思いをしているかなんて、その人にしかわからないじゃないですか。だから、自分の目に見えているものだけを見て『大したことない』とか『甘えてる』って言わないでほしい。そんなこと、
多分その人自身が一番わかってるというか、考えてることなんです。最近のSNSを見ていると、みんな赤の他人に興味を持ちすぎだし、干渉しすぎだと思います。良い意味で無関心でいるというか…見守ってあげる態度が大事なんじゃないかなと思います」
<取材・文/火野雪穂>