コロナ禍の自殺増で注目を集める「いのちの電話」。繋がりにくい理由は相談員の減少にあった

相談員経験者が語る、電話をかけてくる人の実像

 長い歴史を持ついのちの電話だが、実際に電話をかけてくる人はどのような思いの丈を話すのか。いのちの電話相談員としての経験がある市原光子さん(仮名・67歳)はこう語る。 「自殺を匂わす電話もありますが、ひと昔前は家庭問題や地域の人間関係に悩む女性の電話が多かったですね。切羽詰まって混乱している方や、切実な悩みを抱えるリピーターの方、一口に『死にたい』と言っても、死にたい原因がどこにあるのか? 話しているうちに思考が整理され、気持ちが落ち着いていくのを感じた経験は何度もあります。電話が繋がらないと不安になると思いますが、相談する勇気を大切にしてほしいです」  そんな市原さんは、相談員としての経験をもとに、現在は精神保健福祉士として行政での対応窓口設立に奮闘している。こうした自殺対策支援の動きは全国的に進んでおり、特に官民学が連携した取り組みで’06年の自殺対策基本法成立にも大きく寄与した「秋田モデル」は世界からも注目されている。秋田県で民間自殺対策センター蜘蛛の糸を立ち上げた理事長の佐藤久男さんは、自身も倒産、自己破産によるうつ病の罹患、友人の自殺を経験している。 「秋田県は長らく県民の自殺率が全国一高く、私がNPOを立ち上げた’02年は毎年500人近い方が亡くなり、10万人あたりの自殺率が約45ポイントに及ぶほどでした。多重債務に悩む中小企業経営者の相談窓口として設立しましたが、自殺の原因が必ずしもビジネス上の問題だけではないことがわかり、弁護士や臨床心理士、宗教家、大学・医療機関、行政などと連携することで、’18年には自殺者を200人以下にまで減らすことができました。こうしたネットワークを構築するのに15年かかりましたが、今、秋田県内には自殺に対応できる人材が1500人います」
いのちの電話

提供/あきた自殺対策センター蜘蛛の糸
自殺者が多いイメージは過去のもので、官民合わせた努力で’18年には自殺者数200人以下の目標を達成。世界から注目されている

身近な人から自殺願望を打ち明けられたらどうすべきか

 こうした地道な取り組みで自殺率が改善された地域があることは頼もしい。ただ、もしうつ状態にある家族や同僚など身近な人から、実際に自殺願望を打ち明けられたらどうすべきなのか。先の張氏に、具体的な対応策を聞いた。 「自殺を防ぐゲートキーパーとしての役割に、『TALKの原則』というものがあります。T(Tell)=心配していることを言葉にして伝える。A(Ask)=『死にたい』という気持ちの有無について率直に尋ねる。L(Listen)=『死にたいほど辛い』相手の気持ちを傾聴する。K(Keep safe)=安全を確保する。とにかく相手の話を聞き、ひとりで悩みを抱えないよう、信頼できる誰かや窓口に相談してみようと促すことが重要です。例えばいのちの電話はカウンセラー的な領域で、自治体などのソーシャルケアの窓口はケースワーカーなどが担当します。悩みが仕事の人間関係なのか、家族なのか、金銭問題なのか、それぞれ特性があるように、問題ごとに対応できる窓口も今は多い。気軽に相談できる場所があることをもっと知ってほしいですね」
張賢徳

日本自殺予防学会理事長・張賢徳氏

 また、自殺念慮には大きく二つのタイプがあるという。 「生い立ちなどにトラウマを抱えた慢性的なものと、うつ病などによる急性のものがあります。特に危険なのは急性で、それは外傷の急患と一緒。医学的なサポートが急務です。元来、日本は切腹文化や宗教観など、欧米に比べ自殺のハードルが低い。うつ状態時の大量飲酒などは自殺の引き金になることが多いので、身近な人にそうした部分があれば気をつけて見守ってあげることが重要です」  今回、取材を重ねるなかで関係者たちが口を揃えた「コロナでメンタルへの影響が強く出るのはこれから」という発言も見逃せない。自分や家族を含め、精神ケアの重要性を改めて考えてみてほしい。 【日本自殺予防学会理事長・張賢徳氏】 1991年東京大学医学部卒業。帝京大学医学部教授。帝京大学溝口病院精神神経科科長。2017年より日本自殺予防学会理事長。 【あきた自殺対策センター蜘蛛の糸理事長・佐藤久男氏】 自身の自己破産、友人の経営者の自殺を契機に中小企業経営者の自殺防止を目的に’02年、NPO設立。自殺対策「秋田モデル」を提唱。 <取材/仲田舞衣 アケミン 文/仲田舞衣 構成/行安一真>
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