劇中ではアート(芸術)の流行や定義について様々な論議がされている。戦前から戦後へと時代が移り変わり、より多様なアートが認められるようにはなっていくのだが、主人公クルトはどれだけ創作に没頭しても、自分が理想とするアートを完成できないでいた。
そのクルトがずっと忘れずにいたのは、連れ去られる前の叔母が告げていた「目をそらさないで、真実は全て美しい」という言葉だった。そして、大学の教授から「創作の原点」を教えられたことにより、ついにクルトは、とある答えにたどり着く。それは、「アートとは何か?」だけでなく、「なぜ人はアートを描くのか?」「なぜ人はアートを必要とするのか?」という根源的な問いに対しての明確な回答でもあった。
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実際に、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督は「偉大な芸術作品というものはどれも、トラウマを希望に変えることができると私は信じている」と語っている。その通り、主人公のクルトはアートを通じて、大好きだった叔母が連れて行かれてしまった、あの日のトラウマを“浄化”できたとも考えられるだろう。それ以外にも、観る人それぞれで、多様な解釈ができるはずだ。
何より、激動の時代の中で誕生したアートは、過去や今の悲しみを、未来への幸福へと変える手段にもなり得るということも教えてくれている。さらに、アートとはその時代を切り取る象徴的な存在であり、個々人の人生だけでなく、人類全体のより良い未来への足がかりでもあるのだという普遍的なメッセージも読み取ることができる。あれだけの権力を持ち、多くの人を虐殺してきたナチスにでさえ、そのアートの力は奪えなかったのだ。
「良い映画は観た後に世界が変わって見える」と言われることがあるが、この『ある画家の数奇な運命』を観た後は、その人のアートそのものの見方や接し方もガラリと変わるのではないだろうか。それほどの力強さを持つクライマックスと、さらなる感動が待ち受けている“映画でしか表現し得ない”美しいラストシーンまで、ぜひ見届けて欲しい。
おまけ:2020年はナチスとホロコーストに関わる映画が続々と上映される
2020年は『ある画家の数奇な運命』以外にも、ナチスおよびホロコーストに関わる映画がこれからも公開される。それらを簡潔に紹介しておこう。
『異端の鳥』10月9日公開
ホロコーストから逃れるために田舎に疎開した少年が差別に抗いながら生き抜くも、ごく普通の人々が異物である少年を徹底的に攻撃する様を描く。
『キーパー ある兵士の奇跡』10月23日公開
捕虜となったナチス兵が名門サッカークラブに入団する実話を映画化。その経歴から彼は容赦のない誹謗中傷を浴びせられてしまう。
『アーニャは、きっと来る』11月27日公開
小さな村に住む13歳の羊飼いの少年が、ナチスの迫害から逃げてきた青年と知り合う。彼は、ユダヤ人の子どもたちを安全なスペインへ逃がす計画を企てていた。
『ヒトラーに盗られたうさぎ』11月下旬公開
ドイツの絵本作家ジュディス・カーが少女時代の体験を基につづった自伝的小説の映画化。9歳の少女が過酷な逃亡生活へと踏み出していく。
『この世界に残されて』12月公開
ホロコーストにより家族を喪い孤独の身になった16歳の少女が、ユダヤ人強制収容所から生還した寡黙な医師と出会い、擬似的な親子関係を育んでいく。
ナチスがやったこと、特にホロコーストは人類史上最悪の悲劇だ。その犠牲になった、または間接的にも関わった人たちの姿を知るというのは、映画でしか成し得ない貴重な機会となる。ぜひ、『ある画家の数奇な運命』と合わせて、これらの映画もチェックしてほしい。
<文/ヒナタカ>