グローバル資本主義が招く災厄と、行き着く4つの未来像。〈コモン〉を重視する社会への転換を<『人新世の「資本論」』著者・斎藤幸平氏>

〈コモン〉から生まれるコミュニズムへ

―― ただ、脱成長に向かうというのは、難しい選択肢に思えます。 斎藤: もちろんです。ただ、今のままの経済成長戦略と技術楽観主義ができるのは、問題の先送りでしかありません。そのような先送りは将来の危機を悪化させるだけです。  2050年までの脱炭素化に向けて、二酸化炭素排出量を今すぐ大幅に減らすためには、脱成長しか道はないのです。そして脱成長を実現するには、資本主義に緊急ブレーキをかけるしかない。けれども、現実を直視しないで、資本の側にとっての時間稼ぎに加担すれば、数十年後に待つのは、1%の超富裕層は別として、庶民が苦しむ分断型格差社会です。 ―― しかし、コミュニズムとなれば、ソ連の失敗を繰り返すだけではないですか。 斎藤: ソ連を目指そうという話ではありません。私が重視するのは、〈コモン〉です。  資本主義社会では、地球上のありとあらゆるものが、独占されて、商品化されていきます。元来、共有財産だった土地、水、種子などまで、商品化が進んでいる。かつて、なぜ多くのものが共有財産だったかと言えば、みんなが生きるのに必要だったからです。  商品には、お金を持っている人しかアクセスできません。だから、あらゆる共有財産が解体され尽くした現代社会においては、実は人々の生活は不安定化し、欠乏が蔓延するようになっています。今後、気候変動によって、食糧や水、エネルギーの危機が起きる可能性が高いからこそ、もう一度脱商品化して、自分たちの手に取り戻そうというのが、〈コモン〉の発想です。  電気、水、土地、住居、医療、インターネットなど、〈コモン〉の領域をどんどん広げていく。「今だけよければいい」、「自分だけよければいい」、「金もうけが優先だ」、そのような発想を捨て、相互扶助の社会に転換していく。その先にあるのが〈コモン〉型社会、つまり、コミュニズムです。そうすれば、①気候ファシズムや③気候毛沢東主義を抑制しながら、②野蛮状態にも陥らないような、危機の時代における民主的社会の可能性が拓けてくるのではないでしょうか。  また逆に言えば、その脱成長コミュニズムの必要性が、コロナ禍によって理解されやすくなっている気がします。

電通もコンサルもいらない

―― 日本では政府がまともなコロナ対策をとらなかったため、地域によっては自治体や医療機関が自発的に感染拡大防止に向けて動き出しています。こうした動きを、脱成長コムュニズムと捉えてもいいのでしょうか。 斎藤: 方向性としてはそうだと思います。また、脱成長コミュニズムに向かう動きはコロナ禍以前から見られました。一例をあげると、2019年に世田谷区の保育園が突然倒産手続きを宣言し、閉園したのち、保育士たちの自主運営で再開にこぎつけた事例です。  保育園の経営会社が利益を重視するあまり、経営状態の悪化を理由に、保育園を突然閉園してしまうということが各地で起こっていますが、それは子供たちやその保育者の生活を考えれば、突然の閉園など理不尽極まりないことです。そこで、世田谷区のこの園の保育士たちは介護・保育ユニオンの力を借りつつ、自主運営の道を選択したのです。これはまさに、先日急逝した人類学者デヴィッド・グレーバーの言う「ケア階級の叛逆」です。  もちろんこうした自主運営は市場競争に弱いため、最終的には地方自治体や政府などの支援が必要です。しかし、環境や労働者を犠牲にする経済成長よりも、人々の生活を第一に据えた社会への動きが出てきている。その意味で、脱成長コムュニズムの萌芽が生まれつつあるということは、一つの希望だと思います。 ―― 私たちはコロナ禍をきっかけに、経済成長ばかり追求するのではなく、価値観を転換していくべきだということですね。 斎藤: はい、今回のコロナ禍で明らかになったのは、保育や医療、介護など「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれる人たちが社会の繁栄にとってきわめて重要な存在だということです。それと同時に、電通のような広告会社やコンサルタント会社、投資銀行などが、社会にとって1ミリも役にも立たないことが露呈しました。  この間、電通がやったことと言えば「Go To キャンペーン」の中抜きぐらいでしょう。オリンピック延期の埋め合わせをするために、人々がコロナ禍の中を旅行に出かけるなんて馬鹿げています。観光業不振で苦しむ人々を助ける方法は、ほかにもあるはずなのに、中抜きのための中抜きが行われる。そのような仕事は、社会にとって、無意味などころか、有害なのです。  しかも、現在の資本主義の世の中では、社会的に重要な仕事ほど低賃金・長時間労働で、社会的価値のない仕事ほど高賃金というねじれた状況が生まれています。今後、社会を立て直していく際には、この評価をひっくり返し、エッセンシャル・ワーカー中心の社会を作っていく必要がある。  こうした転換は、市場に任せていては不可能です。繰り返せば、2050年の脱炭素社会に向けた転換も、市場原理では不可能です。要するに、市場はまったく万能でない。これこそ、今回のパンデミックで私たちが学んだことではないでしょうか。だからこそ、これをラストチャンスだと思って、私たちは市場原理から脱却し、人間と自然の共存に向けた脱資本主義へと舵を切っていくことが必要なのです。 (聞き手・構成 中村友哉) <提供元/月刊日本2020年10月号
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2020年10月号

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