対立理念示した新立憲。「自己責任から支え合いへ」が意味すること

立憲民主党

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 2020年9月15日、立憲民主党と国民民主党および野党系無所属議員が結集した新党、新・立憲民主党が誕生した。党代表は10日の国会議員投票で、枝野幸男旧・立憲民主党代表に決まった。  原発ゼロの綱領に反発した連合系の産別議員らは玉木国民民主党代表を中心に新・国民民主党を結成するなど、完全な合流とはいかなかったが、ともあれ民進党崩壊以後に分裂した諸勢力はほぼひとつに結集し、2012年の政権交代以来、久々に衆議院で100人を越える野党勢力が誕生した。

新・立憲民主党の意義

 新・立憲民主党が誕生した意義は何か。ひとつには、分裂していた小勢力がまとまることで、与党と小選挙区を戦いやすくなったということだ。単純小選挙区制においては、一つの選挙区で複数の政党が政策を競い合うというのは現実的ではない。  もう一つの意義は、ジャーナリストの尾中香尚里氏が指摘するように、立憲民主党が与党自民党の理念における「対立軸」となったことである。  「自己責任から支え合いへ」のスローガンからも分かるように、同党は新自由主義からの脱却をはっきりと明言している。従来の民主党系政党が持っていた「改革競争」路線に一定の終止符が打たれたかたちだ。それに伴い枝野新代表は、かつて公務員削減を唱えたことは間違っていたと民放の番組で述べている。  「自己責任から支え合いへ」は、7月の東京都知事選で、宇都宮健児候補も唱えていた。宇都宮健児氏を立憲民主党が支援できた事実は大きかった。反原発を明確に唱え、左派的な政策が目立つ宇都宮候補を、かつての民主党勢力が支援することは難しかった。7月の都知事選で支援が可能になったのは、民進党分裂の際、東京都選出の右派議員は立憲民主党に結集していなかったこともあるだろう。  新・立憲民主党は、単にこれまで分裂していたメンバーが合流したというわけではなく、希望の党騒動がもたらした「逆」淘汰により、リベラルな方向に軸足を置きやすいパワーバランスになっている。新執行部こそ幹事長の福山哲郎、政調会長の泉健太、国対委員長の安住淳と保守系議員が並ぶが、この党の軸足は、当面動きはしないだろう。

自助・共助・公助

 9月14日に誕生した菅自民党新総裁は、スローガンとして自助・共助・公助を掲げる。まず自助で努力して、次に家族・地域などの共助があり、最後に公助というものだ。  自助・共助・公助は、もともとは災害時において守るべき順番であるとされている。地震が起きて津波が来襲する可能性がある場合、まずは自分自身が助かるよう避難するしかない。場合によっては周囲の人の助力もあって安全を確保し、最終的に行政の救助が入る。これは確かにもっともなプロセスである。  しかし、これを一般的な政治プロセスとして採用した場合、自己責任を理由に無限に自助努力を押しつける(お前が苦しい立場にあるのは自助努力が足りないからだ)新自由主義思想と相性がよくなる。立憲民主党の枝野幸男代表は、政治は公助であり、自助を強調するのは無責任であると批判した。  ところで、実は2009年に誕生した民主党政権においても、自助・共助・公助のスローガンは用いられていた。そのことから、今になってこのスローガンを批判した枝野に対して矛盾を指摘する声もある。  だが、これについては2つの点から反駁することができる。一つ目は、先に述べたように、枝野幸男はかつての民主党の新自由主義への傾斜を批判し、それとの決別を宣言しているということである。二つ目は、民主党政権における自助・共助・公助は民主党が掲げていた「新しい公共」論において理解されるべきものだからだ。
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民主党が掲げていた「新しい公共」とは
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