もちろん、セックスワークをしていて嫌なこともあった。しかし、それはセックスワークそれ自体というよりは、
労働者としての権利が守られないことやセックスワークに対する差別やスティグマが原因だった。
労働者としての権利が守られていないというのは、要するに労働法で守られるとは限らないということだ。労災も適用されないため、性感染症の検査や治療も自費で実施しなければならない。その背景には、セックスワーカーと業者の関係は、雇用契約ではなく業務委託契約ということがある。
セックスワークに対する差別やスティグマには様々なものがある。たとえば、性生活について詮索されるなどのセクシュアルハラスメントの対象にされたり、性感染症にかかっているものと決めつけられることもある。
新型コロナウイルスに感染する恐れがあるため、Yさんの友人は親から『Yさんに会わないように』と指示されたという。また、賃貸の入居審査で落とされるので、家主に職業を言わないほうがよいと不動産会社に告げられたことも腹が立ったという。
セックスワークに対する批判の根拠としてよく挙げられるように、セックスワーカーには精神疾患を患う人が多いといわれるが、その原因はセックスワーク自体というよりも、こういった差別やスティグマである可能性も高いのではないだろうか。
このように、セックスワークを通して良い経験も悪い経験もしつつ、
納得してひとつの仕事として選び取っているセックスワーカーもいるのである。
Yさんの事例を見ると、「セックスワーカーは社会の被害者」という論者は
当事者の実際の経験を無視して、被害者だとパターナリスティックに決めつけているといえるだろう。あるいは、
一部の事例(貧困のあまり借金を背負いセックスワークをしているなど)を拡大解釈している。さらに、こういった考えの背景には、「愛のないセックスは不幸だし、不本意に違いない」という決めつけがある。
たとえば、筆者自身も会社員だが、働かなくても生活できるほど裕福ではないために会社で働いている。働かなくてよいならそれに越したことはないが、それでも自分なりに仕事に意味づけをして納得して働いている。セックスワーカーもそれと同じではないだろうか。普通の仕事とセックスワークを区別するのは、「愛のないセックスは不幸だ」という勝手な決めつけにすぎない。経済的格差が会社や風俗で働く理由であったとしても、それが不幸だったり不本意だったりするとは限らないのである。
もちろん、だからといって騙されたり脅されたりしてセックスワークをしている
本当の「被害者」を放置して良い訳ではない。もし搾取されている被害者を見つけたら、するべきことは単に遠巻きに眺めて見下すようなことではなく、むしろその当事者を警察や福祉に繋ぐことだろう。セックスワークはけっして福祉に代替するものではなく、
福祉を整備することはそれとは別に必要なことだ。
加えて、
男女の賃金格差も見逃せない問題だ。正社員に限っても、女性の給料は男性の75%程度といわれている(※2)。たしかにこの賃金格差がなければ、セックスワークは現在のような女性に偏ったものにはなっていなかったかもしれない。
しかし、セックスワークが不本意なものという前提を外せば、セックスワーカーに女性が多いことは必ずしも問題とはいえないだろう。また、男性のセックスワーカーも一定数存在していることから、それは男女の賃金格差だけの問題でないことがわかる。
「
セックスワークはワークです」Yさんは言う。「こっちはプロなんで、知識も経験もない素人が口を出さないでください」
(※2) 賃金構造基本統計調査(厚生労働省)
<取材・文/川瀬みちる>