「人間」ではなく「人数」として扱われる怖さ。中村倫也主演映画『人数の町』が示すもの

中村倫也の真価を発揮する、ギャップのある役柄

 本作の主演を務めたのは、数多くの映画やドラマに出演し、近年では『アラジン』(2019)の吹き替えも務めた人気俳優の中村倫也。そのキャリアの中では、比較的感情表現が抑えめの、地味とも言ってしまえる役柄なのだが、だからこそ中村倫也の演技力と、内なる魅力が重要な意味を持っていた。  主人公の青年は冒頭で「俺は最高でも、最低でも、特別でもなかった。町に向かう他の者たちと同様、意思が弱く、世の中に居場所がなかった」とナレーションで語っている通り、平凡(以下)の、主体性のない性格だ。その後も彼は何となく町のルールに従ったりしているだけ、特に何も考えていないような、空虚な存在にさえ見える。
©2020「人数の町」製作委員会

©2020「人数の町」製作委員会

 だが、中村倫也が演じることによって、そのキャラクターの内面には確かな信念、はたまた憤り、そして「どこかで感情を爆発させ暴走してしまうのではないか」という危うさをも同時に感じられる。加えて、彼が本来持っている優しそうな雰囲気、親しみやすさが、観客にもっとも近い存在として映り、主体性がないように見えたとしても、「彼ならきっと何かを良いことをやってくれる」という希望をも持てるようにもなっていたのだ。  そんな中村倫也は、直近の主演作『水曜日が消えた』(2020)において、解離性同一性障害を患う1人の人間の、曜日ごとに異なる7人の人格を演じ分けてもいた。とは言え、劇中のほとんどで演じているのは愛らしくて親しみやすい1人の人格だけではあるのだが、だからこそ“別の人格が表れた”時の衝撃が際立つようになっていた。彼は「親しみやすさ」からの「ギャップのある」役柄で真価を発揮する、素晴らしい俳優なのだと『水曜日が消えた』と『人数の町』を並べて観て、改めて実感できた。
©2020「人数の町」製作委員会

©2020「人数の町」製作委員会

 他のキャストでは、初主演作『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017)で数多くの新人女優賞を受賞し、以降も続々と話題作に出演している石橋静河にも注目してほしい。彼女が演じる役柄は、中村倫也演じる青年と好対照の能動的な性格であり、だからこそ後半での彼らの邂逅がドラマティックになっていた。さらに、ViVi30周年記念専属モデルオーディションでグランプリを獲得したモデルの立花恵理が映画デビューをしており、美女としての圧倒的な存在感を見せている。

心から応援したくなるオリジナル企画

 本作は、コマーシャルやミュージックビデオを手掛けてきた映像作家の荒木伸二による、初長編映画だ。しかも、“第1回木下グループ新人監督賞”で準グランプリを受賞した、原作のないオリジナルストーリーとなっている。  日本映画ではあまり目にしないディストピアというジャンル、現代社会の負の数字を扱った風刺など、モチーフとしては決して万人に受け入れられやすい題材ではないだろう。それでも、実力派の映像作家に長編映画初監督を任せたことはチャレンジングであるし、1つの映画作品としてしっかり成立させたという事実は、間違いなく称賛されるべきことだ。  コロナ禍で日本の映画業界は窮地に陥っており、今後は「企画の通りやすい」「お金を集めやすい」「原作が有名な」映画がさらにメジャーなものとして扱われ、エッジの効いたフレッシュなオリジナル作品の企画は、さらに難しくなって来ているのではないか。その意味でも『人数の町』は貴重であり、心の底から応援したい作品だ。  また、『人数の町』は特異な設定以上に、淡々とした語り口や、奇妙な状況に従属し続ける作劇が続くため、ある程度は好みが分れる映画でもあるだろう。しかし、前述したような現代社会の風刺、グロテスクな恐怖に着目すれば、さらに面白く観られるのは間違いない。そして、一筋縄ではいかない、深い余韻を残すラストシーンまで、見届けてほしい。 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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