「コロナウイルスは存在しない」? デマを発生させる大学の矛盾した機能<史的ルッキズム研究7>

大学の矛盾する2つの機能

 大学は、矛盾した二つの性格をあわせ持っていて、二つの顔を交互に使い分けます。一つは、自律的・自閉的で、相互批判と検証作業を重ねることでガチガチに固められた厳格な世界。もう一つは、素人目に見てもめちゃくちゃな暴論が検証されず許されてしまう、自由すぎる業界。  この二つの性格を如実に表したのは、2011年東京電力事件による放射能汚染問題でした。放射線被ばくの健康影響が問題になるなかで、この科学論争は異常に高い壁に阻まれます。放射線の健康影響を厳密に論証するためには、長期的な健康調査と、傷害のメカニズムの証明が必要になるのです。科学の厳格な態度が、結論の先延ばしに一役買ったのです。  他方で、科学的に厳格でない自由な大学人が、めちゃくちゃな暴論によって放射能安全論を吹聴していきました。およそ人体を知っているとは思えない物理学や原子力工学の教授たちが、「放射線の人体への影響はない」と、断言していったのです。そうした暴論にたいしては、大学人による相互批判も検証作業も成されず、彼らにフリーハンドを与えてしまったのです。  大学は、ある者にたいしては科学的厳密さを要求して議論を封じ込め、別のある者にたいしてはまったく野放しに大学の権威を利用させるという、二つの機能を持っているのです。

放射線被ばくに関する論文が4年越しに撤回された

 今年8月、日本の研究者がイギリスの学術誌に発表したある論文について、内容の不正が認められ、撤回されました。東京大大学院の早野龍五名誉教授(物理学)と、福島県立医大・健康増進センターの宮崎真副センター長が提出した共同論文です。この論文は、東京電力福島第一原発の北側に位置する福島県伊達市の住民が、今後どれだけの放射線被ばくを受けるかを推計したものです。  放射線防護対策にかかわる重要な資料となるはずのものでしたが、ここで早野教授は、住民の被ばく線量を大幅に過小評価する操作を行っていました。彼らは、合理的に予測できる被ばく被害を隠し、福島県民を騙していたのです。論文を発表した2016年から、論文撤回される2020年まで、4年間ものあいだ、福島県民をだますデマが許されていたわけです。  だまされたのは無知な民衆ではありません。福島県の行政機関も、政治家も、さらに司法機関も、早野龍五にだまされていたのです。みんなもっと怒っていいと思います。早野龍五という学者は、膨大な人口の健康被害にかかわる推計をごまかしていたのです。彼が嘘をつかなければ、より適切な防護対策がとられたでしょうし、被ばく被害を避けられた人もいるでしょう。  大阪府知事のポビドンヨード事件は笑い話で終わるかもしれませんが、福島県民の被ばく被害は笑いごとではすまないものです。 <文/矢部史郎>
愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。
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