クラフトビールから「フレーバービール」へ。新規市場開拓に秘められたキリン フレビア開発チームの思い

 すでにハーバー・ビジネス・オンラインでも既報のように、昨年から少量生産で醸造所の個性を追求した「クラフトビール」が話題になっている。需要に供給が追いつかず、生産量を数倍に増やすメーカーも出るほど。  総務省統計局の調査でも「ビール・『発泡酒・ビール風アルコール飲料』への支出(2人以上世帯の年間購入量)」は、世帯主が60歳代の家庭で60.2リットルであるのに対し、29歳以下の家庭では27.1リットルにとどまるなど、「若者のビール離れ」が進む一方で、ユーザーの間でビールへの価値観は多様化しているのだ。  そんな多様化するビールへの価値観に応える次なる存在として期待されているのが「フレーバービール」だ。  ビールの特徴である苦味を抑える代わりに、ほのかにフルーツやチョコレートなど甘い味がするビールであるフレーバービール、実は海外ではレモン、リンゴ、いちごなど多くの種類があり、特に欧州では若者を中心に親しまれているというポピュラーな存在。とはいえ、日本ではまだまだ未知数の存在だった。  そんな未知数のマーケットに『キリン フレビア レモン&ホップ』を引っさげて大手メーカーとしていち早く打って出たのが、「スプリングバレーブルワリー」などでクラフトビールにも大手ながら積極的に参入したキリンビールである。
キリンビール・マーケティング部 渡辺美里氏

キリンビール・マーケティング部 渡辺美里氏

『甘いビールなんて売れるのか?』という声も社内にはありました。しかし、若い人の好みが変化し、苦みが敬遠されるなかで、ビールとチューハイの間ぐらいの商品を取り入れられないかなと思ってプロジェクトが立ち上がりました」と語るのはキリンビール・マーケティング部の渡辺美里氏。  ニーズに合わせて味を変えるというと単純に聞こえるが、実際商品を製造するには多くの障害があった。なにしろ、苦味を抑えるとはいえ、ものはビールである。長年、ビールづくりに拘ってきたキリンビールにとって、単にジュースやカクテルのようなビールを作っても仕方がない。そこで目指したのは苦味と甘味のバランスを追求することだった。  キリンビール・マーケティング部の山崎勝弘氏はこう語る。 「長年ビールとチューハイで技術を培ってきましたが、既存のビールをベースにただ甘い味を添加しただけでは、求める味が出ませんでした。そのため、ベースになる発泡酒を一からつくり、レモンの風味を加える事で初めてひとつの”製品”としてバランスが成立させるようにしたのです。そのためには、醸造だけでなくブレンディング技術も必要。そこでキリン・シーグラム時代からウイスキーのブレンディングをやっていたブレンダーも開発に加わることになったんです」  ビールの醸造技術とブレンダーの技術。キリンの職人が一丸となって開発に挑んだわけである。さらにそれを後押ししたのが、1926年の操業以来、88年もの間ビールだけを津給してきた同社の横浜工場が、小ロットで多様な製品を製造することを可能にする「キリン イノベーションファクトリー横浜」の通称で生まれ変わったことだ。前出の「スプリングバレーブルワリー」ブランドを筆頭に、小ロットでこだわりの製品を可能にする設備が整ったのである。 「ビール、チューハイ、ウイスキーのブレンディングと異なる分野の職人が結集しましたが、新たなカテゴリーを創造するという目標があったので意外と問題はありませんでした。醸造者は職人であり、アーティスト的なところがありますけど、古い考えに固執する頑固者なわけじゃありません。むしろ、実は彼らのほうが常に新しいことを求めている。そのため、”まったく新しいカテゴリーを創造する”という目標に向かって、さまざまなアイデアを出し試行錯誤できたんです」(渡辺)  その結果、口にするとレモンの爽快感が広がる一方で、べたつくような甘みはない。同時に、苦味を抑えたとはいえビールの持つキレやのどごしが感じられるという絶妙のブレンディングを実現したのである。  さらにこだわったのはパッケージだった。ユーザーのニーズに合わせた味を開発しても、実際に手に取ってもらえなければ、努力は文字通り泡となって消えてしまう。ビアカクテルなどと差別化を図るため、キリンラガービールのような楕円のラベルに麦やホップを配置し、ビールとしてのアイデンティティを残しつつも、グリーンで細身のボトルを採用した。
キリンビール・マーケティング部 山崎勝弘氏

キリンビール・マーケティング部 山崎勝弘氏

「容量に対して瓶の背が高いんです。また、瓶に限定し、缶は敢えて避けました。これは、流通や店頭での展開を考えるとリスクともとれるんです。しかし、あくまでもスタイリッシュさを重視しました。若い人の感性に賭けてみたかたちですね」(山崎)  なぜそこまで老舗の大手ビールメーカーがこだわったのか。そこには、若者のビール離れなどで募る危機感があった。 「クラフトビールを発売したときもそうでしたが、ビールを囲む時間や楽しむ時間が価値化されると、さらにスタンダードなビールを飲んでみようという方も増えると思います。キリン フレビアでも家事をしながら飲むお客様や、ママ友の集まりで飲むお客様が多いという調査結果が出て驚きました。このように、『キリン フレビア』を通じて、ビールの飲み方の種類も増えやしていきたい。ビールが好きな人だけでなく、苦手な人にも抵抗なく飲んでいただき、ビールという文化を継承し、広げていく、コミュニケーションツールとしても考えているんです。そして、クラフトビールと同様に、大手メーカーや小規模醸造所も含めた日本のビール業界全体で、フレーバービールというカテゴリーを確立していければいいと思っているんです」(山崎)  クラフトビールに大手メーカーもが参入し、多様なビールが飲めるようになった昨今。今までビールが苦手だった層も、その苦手な要素を払拭する種類のビールを見つけることも不可能ではなくなった。「キリン フレビア」が、さらにその多様性を広げていくことに期待していきたい。 <取材・文/林バウツキー泰人>
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