ニコラス・ケイジ演じる父親役の「切ない笑い」がたまらない。ラヴクラフト原作のSFホラー『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』は万人が楽しめる!?
『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』が公開されている。
愉快(?)なポスタービジュアルなどから、イロモノ映画のような印象を持たれるかもしれないが、実際は万人が楽しめるエンターテインメント要素も十分に備わっている、今日に通じる普遍的な恐怖が描かれた作品であった。その具体的な魅力について記していこう。
大都会の喧騒を離れ、田舎に移住してきた一家の幸せな生活は、前庭に隕石が来襲してきたことで終わりを迎える。彼らは心身に異常をきたす謎の地球外生命体の影に怯えることになり、やがて周りの景色は“極彩色”の悪夢へと変わるのだった……。
このメインのプロットを言い換えれば、「ロハスな生活をしていた家族が未知の存在との戦いを強いられる」と一行で説明できるほどにシンプルだ。徐々に日常が侵食されていく様は恐ろしく、想定外の事態に翻弄されていく過程には驚きのアイデアがたくさん込められている。SFホラー映画として、真っ当なつくりになっていると言っていいだろう。
加えて、「憧れの生活が外部的要因で崩壊してしまう」「外出が危険であるために自宅に逃げ込む」ことは、現実のコロナ渦の世の中ともシンクロしている。母親が田舎暮らしでも可能な、リモートによる仕事をしているというのもタイムリーな要素だ。
また、父親が一種の家父長制的な価値観にプレッシャーを感じているようだったり、子供たちも思春期らしい悩みを持っているなど、各キャラクターも感情移入がしやすいものになっている。こうしたところから、予備知識が全く必要でなく、小難しくもない、意外な親しみやすさがある映画だということを、まずは期待して観てほしいのだ。
本作の親しみやすさを、さらに加速させるのはアルパカだ。ご存知、もふもふな毛並み、タレ目でつぶらな瞳、どこかのんびりとしている佇まいなどから、かわいいの権化とされる存在のアルパカが、このSFホラー映画の中に平然と姿を現わすのである。
「なぜアルパカ?」と誰もが思うところだが、リチャード・スタンリー監督によると、アルパカを登場させたのは「リタイアした人の狂った新ビジネスを描いてみたかった」という意向のためであり、一時はダチョウも候補にあがっていたのだという。
わかりやすい利益が見込める牛や羊などではなく、通常であれば選択しないであろうアルパカを、仕事をリタイアした父親が主導して世話をしているいうこと……それ自体が、通常のビジネスの感覚から逸脱したものなのは確かだ。アルパカは、一家が異常な悪夢に巻き込まれる“前兆”を象徴しているとも言えるだろう。
そして、このかわいいアルパカがどのような顛末を迎えるかは……実際に見て確認してほしい。良くも悪くも、より一層の思い入れがアルパカにできることは間違いない。
本作の目玉として、ニコラス・ケイジ主演作であることをあげないわけないにはいかない。そのキャリア上でも屈指の“キレ演技”を堪能できる様はほぼほぼブラックコメディにようになっているところさえあるのだから。
白眉となるのは、「せっかく収穫したトマトが不味かった」というシーンだ。ここでニコラス・ケイジがトマトに対してキレ散らかすだけでも笑ってしまうし、その後のある行動とその時のセリフに至ってはもう爆笑もの。ニコラス・ケイジのファンにとって、ここだけでも本作は必見だと断言する。
そもそものニコラス・ケイジの役柄が「あまり威厳のない、ちょっとダメな父親」であるというのも味わい深い。この非常事態の最中、彼は懸命に家族を守ろうと奔走しているのだが、結局はほとんど空回りしていく。そのため、前述したようなコメディ要素は笑えるだけでなく、「がんばっているお父さんが報われなくてかわいそう」という切なさも同居している。その後に彼の精神が崩壊間近になっていくに従って、彼のことを応援したくなる気持ちも生まれていくだろう。
本人は「ちゃんとした父親でありたい」と願っているのに、「何かに対して怒っている姿が滑稽」というのは、世のお父さんの普遍的な姿でもあるのではないか。家族を大切に思っている全てのお父さんは彼に共感できるだろうし、そうでない人もお父さんにちょっと優しくなれるかもしれない。そういう意味でも、切ない笑いを引き起こさせてくれるニコラス・ケイジというキャスティングには必然性があった。
7月31日より、映画意外な親しみやすさもあるSFホラーである
かわいいアルパカは狂ったビジネスの象徴だった
キレ散らかすニコラス・ケイジは、普遍的な世のお父さんの姿?
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