戦後75年、置き去りにされた人たちに残る傷跡を問う。『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』河合弘之プロデューサーに聞く<映画を通して「社会」を切り取る24>

フィリピン残留日本人と中国残留孤児を描く

ⓒKプロジェクト

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 フィリピン残留日本人と中国残留孤児の現在の姿を描くドキュメンタリー『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』が、ポレポレ東中野で公開されています(8月上旬から全国の劇場で順次公開)。  「私を日本人と認めて欲しい」ーー。  そう訴える残留邦人がフィリピン全土に今もおよそ1000人存在している。彼らは、太平洋戦争で激戦地となったフィリピンで、戦前から移住していた日本人の父とフィリピン人の母から生まれた子どもたち。  日本の敗戦を境に、日本人の父親と生き別れ、反日感情の激しいフィリピン社会で身を隠すように生きてきた。父との血縁を認められたい、そして日本国籍を得たいと願う人たちに、日本政府は支援の手を差し伸べずにいる。平均年齢80歳を超えた彼らに残された時間は少ない。 「私は日本人。でも言葉がわからないの!」ーー。  一方の中国残留孤児は、1972年の日中国交回復後、両国政府による帰国支援事業により日本への帰国定住を果たしたが、言葉や文化の壁を乗り越えられず貧困に陥り、一時は日本政府を相手取り2,000人規模の集団訴訟を起こすまでに追い詰められた。政治的解決を得て、現在は生活の基盤を保障されたものの、そのほとんどの人々が言葉の壁によって日本社会に溶け込めないまま老後を迎えている。  映画『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』は、2つの国の残留者たち、そして彼らを救おうとする市民たちの活躍を描きながら、私たちが生きる”日本という国の今”を浮き彫りにしてゆく。国民の保護者である国家には残留者たちに果たすべき使命がある。日本人の忘れものとは何か?戦後75年目。日本政府は救済に動き出すのか――  監督は、CMなどを中心とした映像制作を手掛けて来た小原浩靖さん。今回は、企画・製作を担当した弁護士の河合弘之プロデューサーに、映画製作の過程や現在の思いなどについてお話を聞きました。

社会問題は司法だけでは解決しない

――映画製作の趣旨についてお聞かせください。 河合:私は映像作家でも映画監督でもないので、映画を作ること自体が目的ではありません。この映画は問題を解決するための手段としての映画です。中国残留孤児、フィリピン残留日本人問題に弁護士として関わり、約40年もの間、数多くの就籍(国籍取得申立)に関わってきましたが、特にフィリピン残留日本人問題は就籍に必要な身元確認の困難等、大きな部分が未解決で残っています。
河合弘之さん

河合弘之さん

 フィリピン残留日本人の方々については今もなお就籍が認められていない人たちが1000人程度存在し、その多くは80歳を超えています。残された時間が少ないのです。司法を利用した個別の申立てによる救済では間に合わないので、より包括的な、政治的な解決を求めてこの映画を製作しました。政治的な解決には世論を盛り上げることが必要で、そのためにはまず、この問題について多くの人たちに知ってもらうことが大切なんです。  過去にやはり原子力発電所の問題点の周知を目的として『日本と原発 私たちは原発で幸せですか?』(14)、『日本と原発 4年後』(15)、『日本と再生 光と風のギガワット作戦』(17)の3作を製作しています。 ――フィリピン残留日本人の就籍の申立てを続ける中で「裁判闘争の限界」を感じたとのことでしたが、中国残留孤児が戦後帰国の機会を奪われ、帰国後も国が十分な支援をしなかったとして損害賠償を求めた国家賠償訴訟においても、裁判所は原告側が打ち出した論理はさほど吟味せず、最終的に結論ありきの敗訴判決を出しているように感じました。一方で、ハンセン氏病では小泉純一郎元内閣総理大臣が一審の原告の勝訴判決の控訴を見送り、中国残留孤児による国家賠償訴訟では安倍晋三内閣総理大臣の指示により法案が成立し、老齢基礎年金の満額支給が認められるなど、政治判断により事実上の勝訴に近い結果が得られるというシーンも登場します。 河合:弁護士になって半世紀を経て感じることは、全ての社会問題は総力戦でしか解決しないということです。社会問題の解決のためには、裁判の他に集会もデモも署名運動もメディアによる働きかけもやる。裁判はその総力戦の中の一部に過ぎません。  裁判だけで解決しようとすると失敗しますね。映画には政治的な判断により問題が解決へ向けて動くシーンがありますが、そのきっかけはやはり世論の盛り上がりが大きいです。  もちろん、今後も裁判は続けていきます。ただ、裁判の特色は「合法的な暴力装置である」ということです。例えば、原発訴訟であれば仮処分の判決を取れば、翌日に原子力発電所は止まります。そういう形式の闘い方は裁判しかない。しかし、そのことだけでは根本的な解決は得られません。複数ある解決手段の中の一つと考えなければ裁判至上主義になってしまいます。 ――裁判官が事件に対してどのような心証を持つかも重要ですね。 河合:裁判官も社会の一員なので、社会の雰囲気に影響されます。古典的な訴訟法の立場からすれば、裁判は本来、証拠のみに基づいて行われなければならないので、社会の雰囲気に左右されてはいけません。裁判官は、建前上は事件に関する新聞やテレビの報道も見てはいけないと言われています。  しかし、社会生活をしている以上、実際にはどこかで見聞きしている。また、判決は社会の一員として生活をしている人の感覚も取り入れるべきと考えるとそのこと自体を否定できません。
ⓒKプロジェクト

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 確かに、50年前に弁護士になった時には司法は強いと思っていました。孟子の言葉に「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も、吾往かん。」という言葉があります。自分が正しいと思うのであれば多くの人が反対しても自分の道を行くという意味で、自分もその言葉を信じていました。しかし、実際には1000万人を敵に回しては正義は貫けません。社会の雰囲気を変えながら、判決の枠組みを変えながら裁判を闘っていかなければ勝てないんですね。それが長年の裁判闘争の経験から到達した考え方です。 ――劇中には立法による解決が必要と語る研究者も登場します。 河合:確かに、戦後補償のための立法措置は理想的な姿だとは思います。しかし、終戦から75年が経つので、現実的には難しいと考えています。そこで、個別の就籍申立てによる救済ではなく、もう少し大きな、政治判断による包括的な救済の枠組みが必要だと感じています。この映画をその枠組みを勝ち取るための契機にしたいです。
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判決の枠組みを変えるために
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